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「轟くんも緑谷くんも、栂野くんまで…関係ない事で…申し訳ない…」
「またそんなことを…」

緑谷は何とか立ち上がろうとしながら返す。
飯田の目に、もう憎しみの色はない。
怒りはある。だがそれでもさっきの目より、ずっといい色だ。

「だからもう、三人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」
「…感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない」

此の男は、此の男の何がそこまでさせるのだろう。

「おまえは私欲を優先させる贋作にしかならない!『英雄』を歪ませる社会の癌だ、誰かが正さねばならないんだ」
「…時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳を貸すな」
「いや…言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など…ない」

拳を握り締める飯田の腕からは血が伝っている。
明らかに深手を負っている。
震える腕で、痛みに耐えながらそれでも飯田は向き合っている。自分の過去の憎しみと。

「それでも…折れるわけにはいかない。俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」
「論外」

一触即発、双方攻撃に入った。
轟が炎を噴出する。再びヒーロー殺しの形相が変わった、明らかに焦っている。

「…っ栂野くん!温度の調整を頼めるか!」
「できる、どうしたの!?」
「俺の足を冷やしてくれ!!排気筒以外だ!」
「わかった!」

飯田の脚に触れて温度を操作する。
エンジンの関係で完全に動くにはやはり時間はかかるが、完全に冷やした。
その時、「邪魔だ」とヒーロー殺しが轟にナイフを放った。

どうする?
飯田はただでさえ深手を負っている。
轟は炎の操作でまともに氷結を放てないし、彼は血を流し過ぎている。
ならばやることはひとつだ。

彼らの前面に躍り出た。
ナイフがまっすぐにこちらに飛び、一本が上腕に深く突き刺さった。

「止まれ、邪魔だ…!」

もう一本が放たれ、痛みにまともに動けない零仔の脇腹にまたナイフが深く突き立てられた。

「あぁあ……ッ!!!」
「栂野ッ!!」

駄目だ。動けない。
ここでリタイアだ、脇腹をやられてしまえば拳も蹴りもまともに打てない。

「何かやるんでしょう飯田くん!!」

わき腹から大量の血が流れ出た。動脈は避けられたようだ。
一気に失血し、痛みに目の前がチカチカする。

「早く……!!」

行って。
その続きをしかと受け取った飯田が駆け出した。
飯田の蹴りを迎え撃とうとヒーロー殺しが構える。
その横から猛烈な勢いの緑谷の拳が迫った。

二人の攻撃は見事ヒーロー殺しに入った。
やったかと一瞬思ったが、それで終わる男ではない。死に際の一撃、飯田を折れた刀が襲う。

「たたみかけろ!!」
「おまえを倒そう!今度は…!犯罪者として…ヒーローとして!!!」

飯田の蹴りが、今度こそ奴を捕らえた。
奴の身体が浮いている間に轟が氷結でヒーロー殺しを拘束し、同時に飯田と緑谷を回収する。

「立て!!まだ奴は…」
「っ待って、轟くん…多分、終わったわ…」

ヒーロー殺しは氷結の上で沈黙している。
気絶しているようだ。流石に。

「…拘束して通りに出よう。何か縛れるもんは…」
「念のため武器は全部外しておこう」

路地裏で発見したロープでヒーロー殺しを縛った。
戦いが終わったのか。
緊張から解放され、意識が切れそうになるのを持ちこたえる。気絶落ちなどもう御免だ。
轟が零仔に気づいて駆け寄ってくる。

「…大丈夫、じゃなさそうだな。脇腹」
「時間稼ぎしかできなかった…ごめんなさい……」
「いや、お前が時間稼いでくれて助かった。だからギリギリ勝てた。…でも、話はあとにしよう。まずは腕のナイフを抜くぞ」
「うん……」

轟が零仔の腕に突き立ったナイフを引き抜いた。
ブシュ、と音がする。焼けるような痛みが中で内照して眩暈すら覚えた。
痛みに悶絶している零仔が今の内に脇腹も抜くかとナイフに手をかけた時、静かにそれを制される。

「脇腹は動脈が近いから下手に抜かねえほうがいい。ちゃんと病院で抜いてもらえ。刺さったままで悪いが…」
「いえ、その通りだから。平気よ。……左、ちゃんと使えるようになったのね。偉いわ」
「………ガキ扱いすんな」

ぶっきらぼうにそう返すけれど、轟の目は零仔の脇腹に深く突き刺さったナイフをじっと見ていた。
それが酷く辛そうで、自分の傷でもないのにと内心苦笑う。
だが…自分の傷じゃないからこそ、彼は此処まで心を痛めているのだろう。
本当に優しい子だと、まるで自分の事のような顔をして俯く轟に、零仔は微笑んだ。

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