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真っ向から反抗する姿勢の轟に、署長は溜息をついた。
その溜息には、何処からも悪意が感じられない。

「だから…君は『卵』だ全く…いい教育をしてるワンね、雄英も…エンデヴァーも」
「っこの犬…!」
「やめ給え尤もな話だ!!」
「落ち着きなさい!署長がこうして話しに来るって事はこれは『警察』としての意見でしょう」
「御名答だワン」

次の瞬間の署長の声は明るかった。
今のは警察として、そして「大人」として、ルール違反をしてしまった子供達を叱らなければいけないという立場に則った話だ。
これからがきっと本題なのだろう。

「以上が――…警察としての意見。で、処分云々はあくまで『公表すれば』の話だワン」

轟の表情は未だ不服そうだが、話の先を察したようで全身の力を抜いた。
それを確認し、零仔も肩の力を抜く。
飛び掛かるようだったら蹴り倒すつもりだった。

「公表すれば世論は君達を誉め称えるだろうが処分は免れない。一方汚い話公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷痕からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン」

幸いあの場に目撃者は殆どいなかった。
故に、此の違反は今ここで握り潰せるのだと。
そうすれば零仔達の英断と功績も、誰にも知られる事はない。でも。

「どっちがいい!?一人の人間としては…前途ある若者の『偉大なる過ち』に、ケチをつけさせたくないんだワン!?」
「まァどの道監督不行届で俺らは責任取らないとだしな」

大人たちは、処罰を受ける。
だが、自分達には何のお咎めもないのだと。
それが、まだ自分達が子供で…大人達に許されているのだと、その優しさを甘んじて受けられるのだと言われているようで。

「…よろしく、おねがいします」

零仔達は受けるであろう称賛の声を手放した。
必要のないものだ。それ以上のものを、得られたのだから。
署長は頭を下げ、零仔達に礼を言った。
大人はずるい。子供である零仔は何も言えなかった。実際彼らが言っている事は正しかったからだ。
守られているのだと、強く思う。



さて話も一段落し終え、各々が肩の力を抜いたところで、署長は零仔に思い出したように声をかけた。

「そうだ君。君の検査がしたいと病院の先生が来ているワン」
「先生…?」
「そう、隣町の『病院』の君の担当医だワン」
「…!」

敢えて言われなかったその病院という単語の中に含まれた意味に、零仔の表情が凍り付いた。
轟たちに背を向けているから、その表情は見られなかった。

「…先生は、何処に」
「応接間で待っていてもらっているワン」
「…わかりました、すぐに、行きます」
「そこの車椅子を使うといいワン。君はお腹を安静にね」
「…痛み入ります」

署長はそう言って病室を出て行った。
来ているのか、先生が。
ずっと前から世話になっている先生だ、今回の件で心配してきたのだろう。

「栂野?」
「ごめん、先生のところに行ってくるわ」
「どこか悪いのかい?」
「ううん、そういう訳ではないんだけど…とにかく、待たせてるみたいだから。行くわ」

轟が何か言いたげにしていたが、とにかく今は先生を待たせている。
ひらりと手を振って、車いすに座り、病室を後にした。

「彼女はああ言っているが…やはり、どこか悪いのだろうか?別の病院からの担当医が来る程なのだし…」
「持病持ちとかかな…?」
「………」


***


「ああ、来たね零仔ちゃん。2か月振りかな」
「お久しぶりです」
「驚いたよ。保須の病院にお腹に穴開けられて運ばれたってね」
「大袈裟です、ナイフが横腹を貫通したくらいですよ」
「大袈裟じゃないじゃん…」

応接間に到着すると、見知った顔がにこやかに声をかけて来た。
挨拶を抜きにする程度には旧知だ。
彼は、零仔が世話になって来た『精神病院』の担当医だった。
そして彼女に記憶処理を施した当事者でもある。


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