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皆の手伝いもあって驚く程スムーズに昼食の準備が終わった。
大量にそうめんが余っていたので、冷蔵庫の野菜も使ってサラダそうめんにした。
「お前んちなんでそんなに余り物が多いんだ?」
「大体が不可抗力というか…」
轟のツッコミは尤もだ。
祖母が良く貰って来たり、商店街の抽選で引き当てたものが家にはたくさんある。
このそうめんもそれで、とにかく大量だった。保存がきくものだからまだよかった。今回の勉強会で多少消費は出来た。
まだかなり余っているが。
「んん〜おいひい〜」
「美味」
結構好評のようで安心する。
料理の腕には自信があるがこうしてクラスメイトに振舞うとなると自信はない。
面倒になると調味料の分量が目分量になったりするので味に安定性がないのだ。とりあえず今回は安心した。
「零仔ちゃん、このお浸し美味しいわ」
「あ、そう?それとても簡単なの。レシピ教えようか?」
「本当?お願いするわ」
「あっ私も知りたい!」
「俺も聞いていいか。家でも食べたい味だ」
「俺もいいか」
「おおう…」
全員からレシピの要望があったので、簡単にメモにまとめてLINEで送信した。
食べながらそうして色々している内に高校生たちの旺盛な食欲の前に皿は空になった。
結構そうめんを使ったはずなのだが、流石成長期といったところか。ゴミが出なくてとりあえずは一安心だ。
「美味しかったぁ〜」
「あ、麗日さんって…確か一人暮らし、よね?」
「え?うん、そうだよ」
「このそうめん貰ってくれないかしら?すごくいっぱいあってちょっとうちだけじゃ食べきれないの」
「ヴェッッ!!??ええん!?」
袋にいくつか詰め込んだそうめんと麺つゆを麗日に渡すと、麗日の顔が全然麗かではなくなった。
確か一人暮らしだと聞いたし、食事の準備や節約など大変だろう。
大変だろうと思ったのとこちらもそうめんを余らせたくないという下策からの行動だったが、思ったよりも喜ばれた。
「女神…栂野さん女神…麺つゆまで…サンキューこれで今月生き延びれる……」
「それは良かったわ……それじゃあ私洗い物してるから、皆はくつろいでて」
「手伝うわ」
「いやいいの、洗い物までお客様にさせるわけにはいかないわよ。そこに今月号のヒーローズあるから、みんなで読むといいわ」
「え、でも…」
「いいから」
(相変わらずこういう所の押しの強さはばあさんそっくりだな……)
轟にそんなことを思われている事など知らない零仔はササっと台所に引っ込んでいった。
***
「何というか…すごい家庭的やね…栂野さん」
零仔が台所の奥で洗い物をしている間、麗日が感心したようにポツリと呟いた。
確かに、と障子が同意する。
「あの様子だといつも家を手伝っているんだろうな」
「そうね、手慣れてるわ」
障子の言葉に蛙吹が同意する。
調理の際の手際の良さや慣れた包丁捌きで普段の様子を想像する事は容易い。
直後、玄関から「ただいまぁ〜」とこの家に来た時に聞いた声が聞こえた。
暫くもせずパタパタと足音が近づいてきて、零仔の祖母がひょっこりと顔を出した。
「あら、ご飯は食べたかしら?」
「は、はい!美味しかったです!」
「うふふ、よかったわぁ」
ニコニコと笑う祖母は、あら…?と表情を観察するような其れに変えて蛙吹をまじまじと見た。
「あなた、もしかして『梅雨ちゃん』?」
「?はい」
「やっぱり!よく零仔からお話を聞くのよ〜カエル顔が特徴で、とっても可愛くて、頼りになるお友達だって」
「ケロ……」
「あの子、雄英に入るまでお友達がいなかったの。だから初めて梅雨ちゃんのお話をあんなに嬉しそうに「初めて雄英でのお友達が出来たの」って話してくれた時、とっても嬉しかったのよ」
そう言って笑う祖母の表情は本当に嬉しそうだ。
此方の心まで溶かすような、温かい声、表情。とても可愛がられているのだと思わせる母性に満ちた仕草。
学校ではクールな彼女が、この家ではくるくると動く家庭的な面を覗かせるのはこの祖母がいるからなのだろう。
「学校でのあの子はどんな感じなの?ああでも…4月頃のあの子は誰とも喋ろうとしなかったんじゃないかしら」
「は、はい…4月頃というか…5月くらいまでは大体そんな感じでした」
「一匹狼、といった感じだったな」
「やっぱり。あの子、怖がりだもの」
「「「怖がり…???」」」
1−Aの彼女へのイメージはほぼ完全無欠といった感じだ。
だが完全に近いからこそ何も必要としていないようで、常に薄く冷たい壁が彼女を覆い、何者も近づかせない空気を漂わせている。
体育祭での成績も相俟って、彼女は強くそして賢い。そんなイメージだった。
そんな彼女に対して「怖がり」だという印象は一切感じられなかった。
「そう、あの子とても怖がりなの。だから、怖いものには最初から近づかない。でも…きっと雄英はもう怖い所じゃないのね、よかったわ」
「…零仔ちゃんはとても強くて、…USJで私が危なかった時に真っ先に飛び込んできてくれた。…あの時は本当に、私のヒーローだったの」
「まあ、あの子が?…そうだったの」
蛙吹のUSJでの話に、祖母は驚いたような表情をした。
「ふふ、……あの子がまだ4歳だった頃かしら…大雪が降った日にね、屋根から落ちて来た雪に潰されちゃったことがあるの」
「ええっ!?大丈夫だったんですか!?」
「いいえ、雪は重いし寒いしで全然動けなかった。寒くて冷たくてもう死んじゃうのかしらって思ったわ。その時にあの子が必死に私の事を助けてくれたのよ。あの子はもう憶えてないでしょうけど…本当に、ヒーローが来たんだと思ったわ」
懐かしむような表情、安堵するような声。
彼女がその思い出をいかに大切にしているかが分かる。
「学校でもそういう風にできるのね、あの子は。…ずっと心配だったのよ、ちゃんとお友達とやれているか、迷惑はかけてないかって」
「迷惑だなんて、寧ろこうして勉強も教えてくれるし…!」
「それに栂野は強い。演習相手だった時は苦しめられたし、味方でいる時ほど心強い時はない」
「実践の時だって冷静に分析してくれるし、咄嗟の機転も利くからすごく頼りになります!」
「敵役の時はゲッてなるけど…」
「あらあら、うふふ」
口々に零仔の事を話す彼らに、祖母は嬉しそうに笑った。
「そう。あの子はもう、大丈夫ね」
その言葉には、心からの安堵が込められていた。
本当に、ずっと心配していたのだろう。彼女はなまじ何でもできるから、一人でもやっていけたのだろうから。
その様子だと小学校でも中学校でも本当にうまくいってなかったのが見える。
現に体育祭前に彼女と同じ中学だったという普通科の少年には明確な悪意と嫉妬が見えていた。彼女の対応からするにああいう人間も全く相手にしていなかったのだろうが。
「皆みたいな子があの子のお友達になってくれて本当に良かった。どうかこれからも、零仔のこと、よろしくね」
***
「何?なんだか賑やかだけど今月のヒーローズそんなに面白いの?」
洗い物が終わったのか台所から零仔が戻ってくる。
そんな彼女の目に飛び込んできたのはクラスメイトと仲良く談笑しているいつの間にか帰ってきていた祖母だった。
「あら、洗い物終わったの?」
「おばあちゃん帰ってきてたの!?一言言って欲しいわ!…余計なこと喋ってないわよね?」
「なんにも余計な事なんて喋ってないわよねえ、焦凍くん?」
「ああ、喋ってねえ」
「本当に喋ってないならこの言わされましたって感じの棒読み止めなさいよ!何言ったの!?」
洗い物に夢中で全く聞こえなかったのだろう。
何を言われたのか気が気でない零仔に全員は顔を見合わせた。
「何も喋ってないわよ。ねえ常闇ちゃん」
「ああ。だろう、障子」
「そうだな、麗日」
「そうだよ〜!ね、葉隠さん!」
「そそ、何にも余計な事はお喋りしてない!」
「絶対何か言ったでしょ!!??」
(す、すごいあの栂野さんが振り回されてる…)
零仔を手慣れた様に振り回す祖母の手腕に麗日は感心に近い何かを覚えた。
それ以上に、いつも大人びている彼女が年相応の表情を見せていた。
(…そういえば、栂野さんてお父さんとお母さんはお仕事とか忙しいんかな…?)
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