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三日目。
夜にあんなことがあったが、疲れていたこともあってすぐに眠りにつけた。
だから二日目のように寝不足という事はない。
だが気分は二日目より最悪だった。
今日の訓練内容も昨日と同じく、個性を伸ばす訓練のようだ。
一通りの説明を終えた相澤は、「ああ、それと…」と一区切りを置いて、続きのあるような素振りを見せた。
「栂野。この話が終わったら俺んとこに来い」
「………はい」
呼び出しだ。
クラスの面々が心配そうな表情を向けてくる。
相澤からの呼び出しなのだ、心配になるのも仕方はないだろう。内容は分かっているから、零仔は冷静だった。
「…栂野、なんかあったのか」
「ううん。何だろう、多分訓練の変更とかその説明とかじゃないかしら」
心配そうな轟に、冷静にそう返答する。
余計な心配をかけさせるわけにはいかなかった。
そうこうしている内に相澤の話が終わり、各自訓練へと向かい始める。皆が散る中、零仔は相澤へ着いて行った。
相澤は皆の場所から大分離れた所まで来ると、零仔に向き直った。
「栂野。昨夜お前、爆豪と何を言い争っていた」
「…言い争っていた、というか。…私が、爆豪君と話してて、ちょっとカッとなって声を荒げてしまっただけなんです」
「普段のお前なら何言われようが聞き流すか冷静に対処できるだろ。保須の一件以降のお前はどこか余裕がないように見える。…ここ数日の間は特に」
やはり相澤はよく生徒を見ている。
そう簡単にごまかされてくれないとは思っていたが、まさか保須からずっと目をつけられていたとは思わなかった。
確かにそこからずっと見られていたなら、木椰区ショッピングモールの一件以来から一気に調子を崩した零仔の様子などすぐに分かっただろう。
―――言った方が、いいのだろう。
ずっと敵連合に、自分が監視されているという事。
此方に来いと勧誘されている事。
いや、きっと言わなければならないのだ。
それを言えないのは、自分は此処にいるべきではないと、心の底で確かに思っているからだ。
「…ここ最近、少し身内の事で…、色々あって。それで、ちょっと調子が悪かったんです。それだけです」
「本当にそれだけか」
「それだけです」
身内の話となれば、相澤でも容易くは踏み入れる事は出来ないはずだ。
生徒のお家事情に足を踏み込むほど「担任」という立場は自由ではない。身内の事は結局身内が解決しなければ終わらない話だからだ。
零仔の本当の事情を知っているのは祖父祖母、そして『事件』の担当をした警察関係者というほんの数名のみだ。
ほとんど機密案件となっている以上相澤は何も知らないだろう。
「……そうか。…訓練に戻れ」
「では、失礼します」
直ぐに相澤の下を去る。
少しでもボロを出すわけにはいかない。
(私は、雄英が好きだ)
皆が好きだ。
学校が好きだ。
訓練だって厳しいけれど、皆とやるなら嫌じゃない。
実は苦手な古文の授業だって、皆と受けるなら嫌じゃない。
テスト勉強も面倒だけど、皆と一緒に頑張れるなら、別に嫌でも何でもない。
でも。それじゃあ、駄目なんだ。
ここにいるには、いていいという理由にするには、駄目なのだ。
個性をコントロールする為にここに来た。
コントロールできるようになれば、もう誰も傷つける事もないと思ったから。
それで、この個性が人命救助に重宝されるだろうと言われて、こんな個性で役立つならヒーローになるのも別にいいと思った。
放っておけばこの個性は誰かを傷つける。
傷つけないようにする為にはきちんと訓練をしてコントロールできるようになるしかない。
でも、誰も傷つけないようコントロールをできるようになるという理由でここにいては、いけないのなら、もうどうやって生きればいい?
ただでさえ、恨まれながら憎まれながら生きるのは辛いのに。
『義姉さんと兄さんを殺した個性で、今度はいったい誰を殺すつもり?』
誰を、殺すんだろう。
人殺しの個性で、何をしようと何を目指そうと許されないのだろうか。
――――あの時、父に殺されていればよかった。
(お父さんの気持ち、わかった気がする)
罪と向き合いながら生きる事がこんなに辛い事だなんて、知らなかった。
***
その日の訓練を乗り切った。
訓練はあまりに過酷で、している間は何も考えずに済んだ。
いや、何も考えないようにする為に一層訓練に打ち込んだ。だから昨日よりも疲れている気がした。
この日も皆で夕食を作った。
肉じゃがだ。
皆は美味しいと食べていたが、昨日と同じく零仔には味が分からなかった。
ストレスの所為なのかも、とどこか客観的に分析している自分がいた。
お腹はすいていたからたくさん食べたけれど、触感の違う真綿を食べているような感覚がずっと拭えなかった。
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