02.喫煙は大人になってから

相澤消太の家は所謂高級住宅街の並ぶ地域の一角に建つマンションの6階で、街に落ちているチラシに載っている新築マンションのように殺風景な部屋だった。家に帰ってくること自体少ないのか、食器類や小物なども殆ど無い。買い揃えなければという相澤の呟きに、なまえは少しばかり擽ったい気持ちになった。

「とりあえず風呂入ってこい 俺の言えたことじゃないが数日入ってないだろ」
「水道止められてんだから仕方ねーじゃん。最近は学校に忍び込んでもすぐバレるし」
「..学校も行ってないのか?」
「義務教育ってのはわかってるけど制服も勉強道具も無いし、どれが俺の行く中学なのかも分からない」

難しい顔をして考え込むような仕草を見せる相澤に、無理もないとなまえは思う。身につけた知識と言えば法に反する行為ばかりだし、一般常識だってろくにわかっていない自覚があるのだ。もし自分が相澤の立場であったら面倒だと捨ててしまう。

「今ならまだ間に合うぜ」
「は?」
「アンタは俺を探しに街まで来たけど、俺は見つからなかった。そういう話にすればいいだけだから」
「お前な......はあ、もういい。とにかく入れ」

なまえとしては至極真面目に言ったつもりだったが、相澤は呆れた顔をして入浴を催促するだけだった。
ボロボロの衣類を脱いでシャワーを出すと、熱いお湯が頭の上から流れてきた。体の芯から温まっていく感覚は酷く久々に感じる。皮のめくれた拳と傷だらけの体がピリピリと痛んだ。

「上がった」
「ん」

風呂を上がりリビングへ戻ると、相澤はキッチンに向かっていた。椅子に座るよう顎で指示されたので、言われた通り座る。すると数分も経たないうちに、2つのカップが湯気を出しながら現れた。コーヒーだ。なまえの年齢を気遣ってか砂糖とミルクを入れようとする相澤を慌てて止める。なまえは甘いものが苦手だった。

「髪の毛は...ある程度乾いてるな。まずお互いの自己紹介をしてその後何個か質問に答えてもらう。合理的に行こうか」
「アンタからでいいよ」
「相澤消太30歳。イレイザーヘッドという名前でプロヒーロー雄英高校の教師をしている。これからお前の保護者になる人間だ」
「...みょうじなまえ14歳。これから世話になります」
「個性は?」
「確か衝撃操作ってやつ。今まで録に使ったことがない」
「使い方は」
「さあ?」
「自分や他人の個性に興味を持ったことは無いのか」
「1度もないね、あの街じゃあ個性なんて特に重要視されてなかったし」

その後、これまでの暮らしについてや家族のこと、今欲しいものなど色々と聞かれた。途中疲れてないかと何度か聞かれたが、質問に答えるだけなので特に疲労も感じずなまえ首を横に振った。
30分ほどだってようやく聞きたいことを聞き終えたのか、何枚かの書類をまとめ相澤は伸びをした。つられて身体を捻ったりしていると、休んでる暇はないと言う声が飛んでくる。どうやら尋問はまだ終わらないらしい。

「まだ聞きたいことあんの?」
「質問タイムは終わりだ。次はこれからの事について説明する」
「はいはい」

彼に言われたことをざっと纏めるとこうだ。なまえの"衝撃操作"という個性は世界でも割とレアな方に入るもので、このまま放置すれば育った環境故に悪意のまま個性を使う時が来るかもしれないと危惧したのが雄英高校学校長。そしてそんななまえの保護者として選ばれたのが相澤消太だった。ここまでは最初に言われたのでなんとなく理解していたが、なまえが耳を疑うのはその後だった。

「ちなみに雄英高校ってのは歴代数々のプロヒーローを教育してきた超進学校。勉強はもちろん、個性の使い方や礼儀までこの1年間で叩き込む必要がある」
「へえ」
「もちろんお前には校風にふさわしい人間として入学してもらいたい。つーことでまずはこれ没収」
「は?おい!」

いつの間に衣類から抜き取ったのか、なまえが愛用している煙草を相澤は目の前でひらひらと見せつけた。当然飲酒も禁止だと言われたルールに、軽い絶望を覚える。煙草と酒はどうしようもないストレスを1番平和的に解消出来る方法なのにと愚痴れば、他の方法を探し出せと一蹴された。

「常にとは言わねえが、言葉遣いにも気遣えるようになっとけよ。お節介だと思うかもしれないが、これが俺の仕事だ。」

そう言って煙草をゴミ箱に放り投げた相澤消太の顔がどことなく楽しそうなのは、気のせいだと信じたい。既に喫煙を欲し始めた身体に、なまえは大きくため息をついた。