03.いつの間にかの生活感

「オールマイト...は流石に知ってる、キン肉マンみたいな奴だろ。エンデヴァー..誰だ?つかこれ意味あんの?」
「ヒーロー科は個性や戦闘能力を育てるだけじゃない。座学や基本強化もキッチリできてないと入学は程遠いぞ」
「一応聞いとくけど受験失敗したらどうすんの?」
「は?」
「..なんでもないでーす」

偏差値70越えに倍率400倍。そんなところの校長から目をつけられていると言うだけでも夢心地なのに、あと2年後にはもう試験を受けに行ってるなんて。なまえは将来設計を数秒してみたが失敗する未来しか浮かばず断念した。しかし相澤は成功させる気しか無いらしく、先程からヒーローの基礎知識が記載されたサイトをひたすら見せてくる。やる事は山ほどあるのだ。ノートをとろうにも見たことの無い言葉や漢字が度々出てくるので、辞書を片手に死のう錯誤していると相澤は順番を変えると言って問題集を渡してきた。表紙には"やさしいこくご"と書かれた冊子である。

「馬鹿にしてる?これ小一じゃねーか」
「どこまでの知識が身についてるか検討つかないからな。2年で中三の内容まで叩き込むから覚悟しろ..と言いたいところだが」

そこまで言って、相澤は懐から1つのスマートフォンを差し出した。

「俺も一応教師とプロヒーローを兼任している身なんでね。一日中お前に先生をやっている暇はない。分からないことがあったらまずこれで調べろ。それでもわからなかった時だけメモに書いて机に置いとけ。一回一回教えるのは合理性に欠くからね」

ゴウリセイとは、彼の口癖なのだろうか。なまえは早速スマートフォンを手に取ると、まずゴウリセイ意味 と打って検索をかけた。画面を見た相澤には間もなく頭を叩かれるのだが、それはまた別の話である。




こうした機械的な会話を始め、なまえは問題集をひたすら解き、見なかったテレビニュースを積極的に見て、勉強の合間には筋力トレーニングに励んだ。相澤が休みの時は主に実技の特訓をするが、基本的に彼から助言が降ってくることはなく、自分で考えては行動し、大きく道を踏み外していると判断した場合のみ口出しをするといった方針だった。自由度の高い訓練はなまえにとって心地いいものであり、気がつけば1年という月日が経っていた。
何もしなくても必要なものが揃い、何もしなくても食卓には夕飯が並ぶ。最初はぎこちなかった相澤とも、小言を言い合うくらいの仲に進展した。今まで味わったことの無い至福に戸惑いつつも、なまえは確実に成長しつつある。

「..まさかお前が天才型だったとは」
「それ毎回言うやつ」

全問正解の解答用紙を机に置きながら、相澤はいつもの台詞を口にした。自覚はないものの、どうやらなまえはかなり飲み込みの良いタイプらしい。2年掛かると思っていた座学と知識は1年でバッチリ身につけ、個性もだいぶ使いこなせるようになってきていた。中途半端に割れていた腹筋が今ではくっきりと形づくっており、なまえとしてもまあまあ満足している。

「あとは口と手癖の悪さだけだな。夜出てってチンピラと殴りあってんのバレてるぞ」
「げ、」
「禁煙のこともあるしある程度目を瞑ってやってたが、これからはそう上手くいかないからな。人間じゃなくてジムのサンドバック殴れ」
「皮膚とサンドバックの皮じゃあ殴った時の興奮度がちげーんだよ」
「そういう趣味なの?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「おい言葉遣い」

禁煙は上手くいっている。口が寂しく噛みグセがついてしまったが、最初のようにストレスが溜まったりすることはなくなった。しかしふとした時に拳が疼き、あの歯が当たって傷つく感覚を味わいたくなってしまう。結局我慢出来ず、夜な夜な出かけては喧嘩を売られるのを待っているのだった。
まずいのは分かっている。仮にもヒーロー志望として受験に挑むのに、普段はチンピラと殴りあっているなんてことがバレては洒落にならない。なによりこれまで世話をしてくれた相澤に見せる顔がないとなまえはぼんやり思った。はっとして飲んでいたパックコーヒーを口から外すと、ストローはぐにゃぐにゃに曲がっている。噛みグセはもう諦めよう。

「ところでさ、消太さんって雄英の教師なんだろ?受験者贔屓とか言われねーのかよ」
「保護者としてある程度の補助をしているだけだ。ていうか基本何も言わなくても1人で解決してるし」
「天才だからな」
「まだ寝てんのか?水風呂にでも入ってこい」

カレンダーは1月1日を示している。昨日は年が開ける前に二人とも寝落ちてしまったので、用意していた年越しそばは鍋の中に入ったままだ。朝兼昼にしようとキッチンへ向かう相澤を、なまえはなんとなく目で追っていた。