04.好印象男子への道

「髪染めようかな」

夕飯を食べ終え仕事に取り掛かる相澤の隣でなまえは呟いた。左手でグリッパーを使い、右手で前髪を弄るという器用なことをしながら。
ノートパソコンから目を離すことはなく何でとだけ問う相澤に黙っていると、不思議に思ったのかキーボードを叩く手を止めて目線をこちらに寄越した。

「どうした」
「や、だから...この雑誌に、髪は少し明るい方がいい印象に見えるって」
「....」

なまえが指した雑誌を手に取ると、そこには"好印象男子特集"というページに付箋が貼られていた。数秒意図を考え、ある記憶を思い出す。数日前、なまえの言葉遣いを注意するついでに外面について指摘したのだった。

『大体なんだその目付き、髪も中途半端に伸びてヤンキーにしか見えねえよ、ヤンキーだけど』
『は!?ヤンキーじゃねえし!』
『その見た目どうにかしてから言うんだな』
『ぐっ....』

大雑把に見えて意外とマメなところがある。なまえと1年間の生活を共にして気づいた要素の一つである。文句を言いながらも改善しようと努力する姿勢に、相澤は小さく笑みをこぼした。

「定期的に染め直す必要があるが、悪くないんじゃないか」
「な、何色がいいと思う?」
「そこは自分で決めろ」


翌日なまえは、甘いミルクティーのような茶色に髪の毛に、軽い癖をつけて帰ってきた。明るい印象にしたいと頼んだところ、アレンジの仕方まで教えてくれたらしい。評判のいい美容室を紹介して正解だった。

「髪型でだいぶ印象変わるな、黙ってりゃ最近流行りの"カワイイ系男子"じゃねえか」
「はあ?きしょい事言ってんなよオッサン」
「黙ってたらの話だクソガキ」

最初は気にしていなかったが、相澤はもうひとつ気づいたことがある。態度や目付きで分かりにくかったが、なまえは中々中性的な顔立ちをしていた。買い物に行かせると何かとおまけを貰ってくるのもおそらくその影響だろう。環境以外はつくづく恵まれていると思う。
しかしなまえとしてはあまり慣れないようで、さっきから髪を少しいじってはしかめっ面で鏡とにらめっこをしていた。

「ホントにこんなので好印象男子になんのかよ...」
「愛想良くしてれば敵はまず出来ないだろうよ」
「その自信どっから出てくんの?」
「似合ってるから言ってるんだろ、何なら今から試してこい」
「ちょ、おい押すな」

そうして相澤は、半強制的になまえを家から追い出した。



数時間後大量の惣菜やパンを持って帰ってきたなまえに、相澤はな?と笑った。なまえはしばらく呆然と袋を見つめていたが、やがて自信がついてきたようで、「俺俳優になれるかも」なんて言い出す始末である。

「なあ見たい?俺の猫かぶり」
「猫かぶりて」
「しょーたさんっ!なあ、今日一緒に寝よ?」
「...........お前性格悪いな」
「っは、今更」

腕に手を添え、軽く首を傾げるなまえ。この少年は、相澤が思っていた以上に打算的な人間らしい。自分の武器を理解するのはいいことだが、さすがに少し将来が心配になる。
結論で言うと、なまえの演技力は抜群だった。にっこりと笑うその顔に違和感は感じられないし、ちょっとした仕草が所謂"男心"を擽る。口に出せば通報されかねないので言いはしないが、正直めちゃくちゃ可愛げがあったのだった。

「なんか楽しくなってきた。興奮して寝れないから筋トレしてくる」
「お前意外と脳筋なところあるよな」
「褒めてる?」
「微妙。進む気しないから俺はもう寝るぞ」
「ん。おやすみ」

軽く手を振って抑揚のない声で挨拶をするなまえ。可愛げ云々は置いておいて、やはり自分の前ではこの姿勢が落ち着くとひっそり思った。
冬は終わり、春が始まろうとしている。受験までは1年をきり、そろそろラストスパートである。
今のところ、成績自体に不安はない。心配なのは意欲だった。ヒーローについての知識も身につけ、テレビニュースもきちんと見続けてはいるものの、ヒーロー自体に興味を示している様子はまだ見た事がない。雄英高校に通うことで、彼は変わることができるだろうか。

「...力の使い道を、俺が作ってやらなきゃならない」

相澤はたった一人の保護者として、そして後の先生として彼の成長を見守るつもりである。