長い一日
今居る場所が、元居たところとは異なるところだ、とテレビを付けたりしたりして説明した。カルチャーショックだったのか、わたしがするひとつひとつに口をあんぐりさせて驚いていた。なかなかリアクション良いな…。
「それにしても、魏延まで来るとは思ってなかったな!あはは、は!」
まずい。今の感情が籠っていなかったかもしれない。魏延を確認すると、特別気にした様子はない。ほっ、と隠れて胸を撫で下ろす。
ちなみにわたしは「何年か先に来てコッチに慣れている」という設定にしてある。時間の経過の仕方が違うなんて、パラレルワールドものにはありきたりな設定だ。エディ子と雰囲気が違う理由だって、時間がどうとか言っておけばいい。どうせ少し共に過ごすだけなのだから、エディ子の存在を利用しよう。
今は机を挟んでゆったりお茶を飲んでいるが、テレビに驚いているくらいだ。生活様式なんかも全く異なるはずだ。それを教え込まなければならない。それに衣食住、すべての面倒を見なければならないとなると、金銭面でもいろいろ見直しが必要だ。これは、バイク買うための貯金切り崩さないと駄目か…。
「わからないことがたくさんあると思うけど。わたしの居ない間に何かあっても困るし、先に基本的なことは一通り覚えて」
さっそくトイレから覚えてもらおう、と立ち上がろうとしたわたしの腕をつかまれた。もちろん犯人は魏延。どうしたのか、と振り返る。
「エディ子以外……居ラヌカ……?」
「そう…だけど…」
わたしは一人暮らしなのだ当たり前である。が、しかし魏延はゲームキャラでも一応三国時代の人。歴史をよく知らないわたしにでもわかるが、名前が残っているくらい有名なのから、きっとお偉いさんなのだ。時代劇のお偉いさんの家には使用人が何人もいたことを思い出して合点がいった。画面の向こう側のわたし(エディット)も将軍様。魏延にもエディットにも、もちろん使用人がいたのだろう。
「狭いけど、しばらくの辛抱だから、さ」
画面の向こうでの魏延はどんな暮らしをしているのかは知らないが、不便になるのは目に見えている。励まそうと声をかければ、魏延は顔を赤らめた。
「我……エディ子ト……二人キリカ……」
魏延の発言に対してなんの反応も出来ず、沈黙した。どうしてそこで照れる必要がある。ちょっと喜んでいるようにも思えるが、そこにツッコミは入れない。だって、私の選択次第でエディットとは婚姻結べるくらいの仲なんでしょ?聞くの怖いじゃないか…。
「と、とにかく、家の中説明するよ」
グラスの中の氷が、からり、と鳴いたのをきっかけに、話題を必死で逸らす。
早速、家の中を説明しようと魏延にも立ち上がってもらう。立ち上がった魏延にちょっと驚いた。デカい。座っている時から予測はしていたがわたしとは頭一つ分は違う。こっちこっち、と魏延に背を向けて台所へ繋がる扉を開いた。
案内、と言っても1LDKの賃貸。狭くもないが、広くもない部屋に説明する箇所なんて少ない。トイレ、台所、脱衣所、風呂場くらいだ。各所で使い方を説明するがやはり、初めて見るものばかりだったようでかなり驚いていた。
説明をし終えると、あっという間に夕飯の時間になってしまった。主にトイレでの説明に苦戦したのが原因だろうが。男の用の足し方なんてどう説明していいのかわからなかったんだから仕方ない。
「お腹はすいてる?」
「ウム…」
「そっか、夕飯の支度するね。美味しいかどうかわかんないけど…」
そういって台所に向かうわたしの後をのしのしと魏延は着いてきた。部屋に一人放置していても仕方がないので特に追い払いもせず、調理を始める。
献立は、野菜をたっぷり入れた手羽元のスープと、ミートソースパスタだ。手羽元は鍋に入れて火をかけて放置だし、パスタはゆでるだけだし、ミートソースもあらかじめ作って冷凍してあるものを解凍するだけなのだから、ほとんどやることは無い。
そんな単純な動作であるが、魏延は不思議そうにひとつひとつ見ていた。現代人にとって普通の、蛇口をひねれば水が出て、ボタン一つで火がつく事が、魏延にとってはまるで魔法のようなのだろう。そう考えて、それもそうか、と納得した。調理している間、魏延はずっともの珍しそうにしていた。
キョロキョロする魏延を余所に、スープの味見をしていると、魏延のお腹がぐー、と不満を漏らした。わたしもお腹鳴りそう。
「もうすぐできるよ」
笑って言えば、魏延は唇をきゅっと結んでこくこくと頷いた。わたし好みの味に仕上がったのを確認すると、火を止め、食器を出す。パスタを皿に入れて、ソースをかける。スープも皿に入れて、粗末だか夕飯が出来た。
「はい、出来た」
そういって、魏延を料理を並べたテーブルの席につかせる。パスタを食べるのに、フォークは使い慣れて無さそうだし、ここはお箸が良いか。皿の中のパスタをじっくり見ている魏延の横にスプーンとお箸を置いて、自分の席にはフォークとスプーンを用意した。そうして、コップに入れたお茶をテーブルに置いてから、わたしも席に着く。そのまま食べ始めようとして、ふと疑問に思うことが…。
「仮面、外さないの?」
口元が開いているとはいえ、食べにくそうだし、何より汚れそうだ。わたしの言葉に、魏延は箸を置いて、躊躇い気味に仮面に手をかけた。
「エディ子ノ……前ダケ……ナラ……」
ガチャリと重い金属音と、意味深げな言葉とともに仮面が外された。それ、怖いからやめて欲しい。戸惑いながら魏延の顔を見た。顔を隠しているくらいなのだ。どこか傷があるとか、欠点を隠すためだと思っていた。それだけに、余計に驚いた。イケメンだ。
イケメンといっても、美しいというよりも男前と表現した方が正しい。高い鼻に、引き結ばれた唇、なにより鋭い瞳が綺麗だと思った。確かに額に古傷らしきものはあるが、気になるほどでもない。カッコイイ。そう思うと正面の顔をまともに見られなくなって思わず俯いた。
そんなわたしのことをどう思っているのかなんて、顔を見ていないのだからわからない。魏延の手元はすぐに箸を持ち直した。
「いただきまーす。……口に合うかな?」
そう聞けば魏延はパクリとミートソースの絡んだ麺を口に入れた。ちゅるちゅると麺を啜り、頬を膨らませて、もぐもぐと噛んでいる姿は何だか面白い。
「美味イ」
ごくりと飲み込んだ後、返事が返ってきた。食事なんて誰かに作ることは少ない。一人だと、むしろこんな簡単なものでも、作るのが面倒で食べない時もある。誰かに美味しいと言って食べてもらえるのはやはり嬉しい。
「よかった」
おっと危ない。思わずにやけてしまった。それを誤魔化すためにスープを啜るが、その様子をじっと見られてしまった。あ、絶対気持ち悪い奴だと思われたぞ。これ、絶対そう。ああ、嫌になる。こっちを見てくれないでほしい。恥ずかしいから。
それ以来会話はなく、黙々と食べた。魏延の食べっぷりは気持ちいいくらいだった。再び喋ったのがごちそうさま。わたしが言ったのを真似て、魏延が「ゴチソウサマ……」と言ってちょっと気まずい夕食が終わった。
そして最難関の入浴タイムが始まろうとしていた。一晩くらい入らなくても人間簡単に死んだりしないが、家にちょっとでも居る以上、汚いままなんてわたしが許せない。一通りコックを捻ればお湯が出るんだとか、説明はしたがよくわかっていない様子だった。ひとりだけで入ってもらいたい所だが、給湯システムであっても、訳も分からず変な操作をして火傷、最悪は装置を破壊…なんて笑えない。
「魏延、お風呂…あ、湯あみだったけ。そのことなんだけど、一人でも入れそう?」
一応、一人で入れそうかどうかを聞いた。もし入れると答えてくれるなら、一人で入って貰いたい。そう思い、一応聞いてみる。すると、魏延は暫く悩んでようやく、口を開いた。
「ワカラヌ……」
魏延の答えに落胆するが「事故防止の為だ」と自分を説得して、風呂の支度をする。しかし、ここで問題発生。支度をしようにも一人暮らしの女の家。魏延が着れそうな服や下着がこの家にあるはずがない。
慌てて魏延の採寸をして、近所にある庶民のブランド・ユニ●ロに走る。自転車でとばせば20分で行き来できる。早めに夕食を済ませたおかげで、店はまだ開いている。ちなみに魏延には何も触らないようにと注意して来た。
魏延のサイズに合うスウェット二着と、下着を三枚引っ掴んでレジへ。店員が少し不思議そうにしていたが、構っていられない。購入したものと寒くなってしまった財布を握りしめて、帰路を急いだ。
「ただいま」
何もしていないだろうかと急いだせいで、荒くなった息を整える。すると、魏延が部屋から出てきてわたしに近づいてきた。なんだろう、と見上げればわたしの背中に魏延の掌が当てられた。
「大丈夫……カ…?」
魏延の手が背中を撫でる。なんでこんなことしてくるのか、分らないほど鈍いわけではない。走って息が上がっているだけだと伝え、背中の手をやんわり押し退ける。
お風呂の支度を済ませたら、鎧を脱いでもらって(今まで着てたのかとかいうツッコミはナシね)腰にタオルを巻いてもらうようにお願いした。そろそろかな、と声をかけようとすると、先に魏延から声がかかった。
「エディ子……」
「巻けた?」
「コレ……ドウスル……」
「何が?」
「布……ドウ巻ク……」
タオルの巻き方がわからないとか、もう、終わってる。腰にタオルを1周させたら、巻いてから固定するんだと言ってもなかなか出来ないらしく、うんうん唸る声しか返ってこない。あーだこーだと言っているうちにもう15分が経った。すると、ぷしっ、と何やら可愛らしい音が聞こえてきた。え?何今の。
「大丈夫?」
「少シ……冷エタ……」
くしゃみだったのか…。もう一度、ぷしっ、という音がカーテン越しに聞こえてきた。このままでは風邪を引いてしまう。早く風呂に入れさせねば。覚悟して、わたしが魏延にタオルを巻くことにした。
「開ける。前だけは隠してて」
「……ウム…」
魏延の声に閉めていたカーテンを開けると、当然だが全裸に腰にタオルを当てただけの魏延が立っていた。割れた腹筋や、もりあがった肩や胸にドキッとした。今まで見た誰よりも立派な身体をしている。別に性的な意味では見るつもりはなかったが、セクシーだと思えた。
そんな考えを振り払い、魏延の手からタオルの端を受け取って、巻こうとした。が、巻くにもタオルの長さが微妙に足りない。明らかに長さが足りない。ナンテコッタイ。ずっと持っていてもらうか?いや、ほかに何かいい方法は無いものか…。
悩んでいると、魏延は「要ラヌ」と言った。反論する間もなく、魏延はタオルをわたしに押し付けた。オイオイオイオイ、ゾウさん丸出しだぜこの野郎。魏延が良くても大いにわたしが困る。湯を身体にかけて、さっさと湯船に押し込む。乳白色の入浴剤入れたわたしよ、よくやった。
ちなみに、わたしは短パンにキャミソールという、少しくらい濡れても平気な出で立ちで魏延の入浴に立ち会っている。湯船に浸かったままの状態で魏延の頭を洗うことにするも…ここでもまた問題発生。ドレッドってどうやって洗うの。先に調べておくべきだった。が、まだ入浴して間もない。今からでも間に合うだろう。
脱衣所に置いたスマホを取り、それで調べることにした。というより、三国時代なんかにドレッドヘアーにする技術あったことが疑問だ。グー●ルで検索してみてもまともには洗えない、という意見ばかりしか出てこない。しかも、臭う、不潔、ときたもんだ。試に魏延の頭を嗅いでみる。
「う、臭い!」
思わず正直な感想が出た。ネットの書き込み通り、陰干しの雑巾のような臭いがするのだ。魏延はわたしの突然の発言に、浴槽の響き方も重なってかなりビビッていた。
「臭ウ……?」
「かなり…」
とりあえず、洗うしかないだろう、と意を決してシャンプーに取り掛かる。若干ショックを受けている魏延の頭にゆっくりとお湯をかけて、髪の間に指を滑り込まる。まずお湯だけで頭皮を洗い、次に適量シャンプー液を掌にとり、ガシガシと洗っていく。意外と洗えそうだ。よかった。それにしても、どうやってこんな髪型になったのか。とても気になった。
「……そういえば、いつからこの髪形なんだっけ?」
「ワカラヌ……」
「え?」
「我……覚エテ…ナイ……」
「そ、か。痒くなったりとかはしないの?」
「慣レタ……」
あ、そうー、と返しながらも洗う手は休めない。そう、魏延はゲームキャラだ。どうして、というよりも、ある意味産まれつきと言える。
それ以上会話をする気にもなれず、黙々と手を動かす。うん、洗える。何とかなりそうだという事実にほっとしながら、美容院でよく聞かれるように、痒いところを聞いてみる。すると魏延はわたしの顔をじっと見つめてきた。
「エディ子……今日……ヨク喋ル……」
「そう、だったけ」
エディットの私は無口なタイプなのか。あははー、と笑ってごまかすわたしに釣られてか、魏延はちらりを歯を見せて目を閉じた。あ、まつ毛長い。
さてもういいだろう、とシャンプーを洗い流す。すると、怪奇現象が起きた。ドレッドじゃなくなったのだ。ゆるくパーマが当たったくらいの髪質に変化している。途中から指通り良いとは思ってたけど、マジなんなんだ。あり得ない現象に戦慄しながら魏延に教えると、魏延もまた驚いていた。よくあるのか、聞いてみたが初めてなんだとか。ウソだろ。すっかり雰囲気が変わり、男前に磨きがかかったような気がする。
そして、魏延の顔と体を洗ったのだが…詳しくは聞かないで頂きたい。
魏延の入浴を済ませた後、自身も入浴を済ませたのだが、疲労感が半端じゃなかった。このままベッドへダイブしたかったが、髪を乾かさないと翌日大変なことになる。ゴー、と音の大きなドライヤーで髪を乾かしていると、興味深々な様子で魏延が見てきた。
「髪を早く乾かすための道具なんだけど…魏延も使う?」
使うかという問いには首を横に振ったが、髪を乾かすわたしをそのままガン見。髪を乾かしやすいように体制を変えると見せかけて、体の向きを変えてやり過ごそうとしてはみるものの、視線をすごく感じる。さっきの思い出すし、あんまりこっち見ないでほしいなぁ。…目のやり場に困ったが、堂々としていた魏延を思い出して、わたしが恥ずかしがる方がおかしいような気もしてきた。
そんなこんなでもう睡魔が迫ってきている。もう早く寝たい。今日はハプニング発生しすぎでもう十分じゃないかと言いたいが、まだあるんだなこれが。お布団ですよ!お布団!
家に泊まりに来るのは、母か同性の友人のみ。セミダブルのベッドで事足りていたから、これ以上予備の布団なんてものは無い。新しいものを買おうにも、もう店なんて開いていない。肌寒くなってきたこの季節にフローリングなんかで寝たら、風邪を引いてしまうこと間違いナシだ。故に、一つのベッドで寝る方法が一番なのだが……一応わたしも年頃の女だ。恋人でもない男と肩を並べて眠る事に躊躇しないわけがない。それでも、今日のところは一緒に寝てもらうしかないだろう。寝床がひとつしかない事情を魏延に伝える。
「我……床デ……」
話せば何を警戒されているのか悟ったのだろう。魏延が首を振った。ありがたい申し出ではあるが、ある意味ありがたくない。風邪をひかれても医者にかかれなどしないのだから。
「この国の医者にかかろうと思えば、国民保険ってのが必要なの。でも魏延は持ってない。万一風邪をひいたら、わたしが迷惑してしまうってわけ…。それに、その、魏延も気にかけてくれてるなら……信用する」
信用する、と断言した。嫌われたくないという意思があれば、簡単に手を出したりしないだろう。ずるいかもしれないが、魏延のエディ子への想いを利用しよう。
ベッドに潜り込んで隣を叩く。間を置いて、魏延が隣に横たわった。ひとつしかない掛け布団を一緒に被る。魏延の身体が大きいこともあってか、肩を寄せ合わないと落ちてしまいそうだ。魏延のはみ出た肩に掛け布団をかけて、肩を寄せた。
「狭いの、今日だけ我慢してね」
明日、実家に布団の要求をしてみるのもいいが、車で持ってこられたら魏延の存在に気付かれる。それはそれで、彼氏が出来たと騒がれても困るし、追求されてゲームから出てきた…なんて説明もできない。明日、どうしよう。そんなこと考えているうちに、疲れていた事もあってか、すぐに眠りに落ちた。