オレたちみたいな家の子供にとっては普通のことではあったけれど、やはり実際に会うまでは、どうにも落ち着かなかったのを覚えている。好きでも嫌いでも、興味がなくても。あるいは、信頼しあっていても、そうでなくとも、同じ時間を過ごすことになる人。どんな子なんだろう、と気になって仕方なかった。
でも、初めて会った時にそんな不安は吹き飛んだ。すぐに仲良くなれた。明るくて、楽しいことが好きで、何より優しかった。一緒に遊ぶのも、話すのも、歌うのも、踊るのも。何をするのだって楽しかったし、今でも変わらず、何でも楽しい。
家の方針がうちよりも厳しいようではあったけれど、似たような家柄ではあるから、ななしもオレと似たような生活を送っている。広い屋敷に暮らして、たくさんの兄弟や召使いがいて、時には華やかな宴を催して。
でもそれは、楽しいことばかりじゃないことも分かっていた。拐われたり、危ない目にあったり、他にも色々。
だから、ななしにはいつだって笑っていてほしいと思っていた。無理して笑うんじゃない、心の底から楽しい、嬉しいと思って笑ってほしかった。“仕方のないこと”を無くせないなら、せめてその分、いや、それ以上に、笑顔になれることで溢れていたらいい。
でも。彼女に似合う装飾品や服を贈っても、それはオレが贈らずとも、ななしが望めばいつでも手に入るもの。派手な宴やパレードだって、間違いなく楽しんでくれるけれど、
バルコニーの手すりにだらりと凭れ、遠くに浮かぶ雲を眺めながら、あれやこれやと考える。
ななしと会う前の日には、いつだって頭を悩ませるのに、納得のいく答えはなかなか出てこない。何もせずとも、ただ一緒にいるだけで、ななしも笑顔でいてくれるから。いつも以上の“何か”を考えるのは、どうにも難しいことだった。
眉間にシワを寄せて唸りながら、行き詰まった考えを振払おうと、両腕を広げて大きく伸びをする。動きに合わせて移り変わった視界の中に、数羽の白い小鳥たちが現れた。どうやら、少し離れた場所から様子を伺うように、こちらを見ていたらしい。
「なぁ。明日、何をしたらななしは喜んでくれると思う?」
腕を上げたままの姿勢で、思わず話しかけてはみたものの、小鳥たちも分からないのか、囀りながらキョドキョドと数回首を傾げると、そのままどこかへ飛び去ってしまった。まぁ、いきなり言われても分からないよなぁ。
光差す空に消えてゆく姿を見送りながら、頭の中で辿り着いた答えは、“今だって十分なのだから、それでもいいか”という、いつも通りのものだった。気持ちが大事。そう思ってはいても、モヤモヤとして晴れない心が、この時ばかりはもどかしい。
それでも、
もう存分に満喫したのだろうか。水浴びをしていた小鳥たちが、オレたちの頭や肩、ななしの差し出した指先に、次々と止まっていく。オレの膝にちょこんと乗った一羽が、いつの間にやら白い花をくわえて、こちらを見上げていた。
……ん、オレに?ななしと間違えたのか?と疑問に思いながらも、受け取ってすぐに、バルコニーでの出来事を思い出して閃く。
昨日の話、ちゃんと聞いててくれたんだ。オレから、ななしに渡せってこと、だよな!それにしても、うちでは見かけない花だ。どこから持ってきてくれたんだろう。
「ありがとう!……、ほらこれ。ななしに」
突然の相談に応えてくれた律儀な小鳥にお礼を言ってから、ななしの方へと向き直った。小鳥たちが慌ただしく飛び去っていくのを横目に見ながら、手を離しても花が落ちないよう注意を払って、目の前の艷やかな髪を飾りつける。
少し驚いたように長いまつげを揺らしたななしは、ぱちりと一度大きく瞬きをして。それから、待ちきれない子どものような、わくわくとした表情へ変わったかと思えば、花の近くに手を添えながら
「ありがとう、カリム!」
顔を上げたときに、軽く首を傾げながら浮かべた、嬉しそうな笑顔。それは、いつもと変わらないはずなのに、何故だか、随分と前に虹を作ってみせた時のことが、記憶の中から引き出された。二人揃ってびしょ濡れになりながらも、ななしがいつも以上にはしゃいで、喜んでくれたのは、とても鮮明に思い出せる。
だけどその後、着替えのために別れた扉の向こう側、冷たい声で叱られていたのを聞いてしまった。だからそれ以来、彼女の前で虹を作ってみせることは、なんとなく避けていた。笑顔でいてほしいのに、オレのせいで嫌な思いはしてほしくない。
でも、それなのに。虹と一緒に輝いて見えた、あの時の笑顔が強く思い起こされて。
もう一度、あの光景を見てほしいと思った。
もう一度、あの光景をオレにも見せてほしいと思った。
昔ジャミルに教えてもらった通りに、輝く太陽を背にしていることを確認して、その
「まだ、とっておきもあるんだぜ!」
勢いのついた気持ちはそのままに。だけど、そうっと、彼女への想いを乗せるように、少しばかり魔力を込めて庭園に雨を降らせた。太陽の光を反射しながら降り注ぐ、細い雨粒。これはこれで美しいけれど、今、見せたいものは別にある。オレたちの向かって正面、足元から伸びる影の先、視線を上にずらせば。
「ほら!」
色とりどりの光のアーチを指差すと、オアシスを満たす水のように澄んだ視線が、指の先を追いかける。間もなくして、輝くように綻んだ横顔。あぁ、良かった。願った通りに喜んでくれた。オレが見
でも、
すうっと、引き寄せられるようにななしの視線がこちらに戻って絡み合う。嬉しい、という気持ちで溢れた、優しい眼差し。それが見られるだけで、オレも嬉しい。
ジャミルや、弟たちと遊ぶのは楽しい。大人数での宴だって、もちろん楽しい。でもやっぱり、彼女の笑顔が隣にある瞬間は、オレにとっての特別だった。
ふと、考え事をするように、しばし軽く視線を伏せたななしの口元が、何かを思いついたのか、いたずらっぽく弧を描く。
「それじゃあ、私からもお返し」
水の滴る横髪を耳にかけながら、再び瞳が顕になったかと思えば、空に輝く水の粒が、真っ白な花びらに変わった。まるで雪でも降っているかのように、辺り一面に降り注ぐ白い花弁が、光を受けて煌めいている。それだけじゃない。虹のかかる場所では、まるで映画のスクリーンのように、舞い散る白に淡く虹が映し出されていた。
すごい、キレイだ。
その光景に驚いたのも束の間、ななしからの気持ちに、嬉しさで心がはち切れそうになって、すぐに笑顔で応える。今この瞬間は、きっと“いつも以上”だ。でもそのうちに、これも“いつも通り”になっていくんだろう。それならやっぱり、オレたちは“いつも通り”でも良いのかもしれない。
無くなることのない、“仕方のない”ことが山ほどあるなら、その分、鮮やかな色を足していけばいい。すべてを混ぜた色は、黒でもあるが、オレの好きな白でもある。