※4章配信まで待てませんでした
※お家の事情もろもろ捏造です





――ガン、ガン、ガン!!

「カリム様!」

 分厚い扉を叩く音に続いたのは、幼い頃から聞き慣れた声。叩き方といい、声音といい、何やら焦っているようだ。そばに控えていたジャミルを見やると、心得たように扉へ向かう。

「おぉ、入っていいぞ〜!」

 許可を出しながら、少し離れて正面に座る妹に視線を戻すと、知らんぷりをするかのように、プイッとそっぽを向かれた。は〜ん、やっぱりそういうことか。

 するりと姿を見せたななしに、扉を押さえるジャミルが小声で何かを伝えると、彼女はどこかほっとしたように表情を緩めた。それから今度はジャミルに何かを伝えて、互いに小さく笑みを交わす。ななしは少しばかり表情を引き締めると、こちらに向かって歩いてきた。まぁ、正確にはオレの所ではなく、オレの向かいにいる、彼女の主人の所へ、だけど。

 途中、少し離れた場所で一度立ち止まり、恭しく礼をされる。

「ご歓談中、失礼いたします」
「いいって、気にすんな!」

 オレの言葉には、伏せた目を少し上げて顔を綻ばせたが、それも束の間のこと。すぐに視線は隣へ移った。彼女は、心配そうに眉を下げながらも、どことなく厳しい表情で、年の離れた主に声をかけた。

「お嬢様、心配しましたよ…!どこかへ行かれる際には誰かへ言付けを、と……」
「でも、ななしの魔法があるんだから、大丈夫でしょう?」

 心配するななしの言葉に、不服そうに唇を尖らせた妹は、それでもどこか嬉しそうにしながら首元を彩る宝石に指で触れる。

「それは…そうですけど……本当に、心配したんですから。お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。転んだりしてないわ。ななしは心配性ね!」

 裾を払って膝をつき、主の頬に手を添えるようにして、顔を覗き込むななし。無事であることを確認して、ようやく肩の力が抜けたのか、ほうっと大きく息をついた。それから、大切なものを見る優しい目をして話を続ける。

「心配性なくらいでちょうど良いんです。……それより、まだお話はされていきますか?」
「え、いいの?」
「はい。もう先生も帰ってしまわれましたから。……代わりに戻ったら夕食の時間まで私とお勉強ですよ?」
「えぇ〜っ。もう、しょうがないなぁ」

 口では不満を述べていても、口を開く前に嬉しそうに輝いた顔をしているのだから、なんとも分かりやすい。つまりは、ななしに構ってもらいたくて、わざとワガママになっている。
 きっと、ななしもそれは分かっていて、それすらも包み込んでしまうような思慮深さ、愛情深さがあるのだろう。今だって、妹が一度だけ、目の前に広げられた菓子に目線をやったのを見たからか、すぐに戻れとは言わなかった。

「何かあれば呼んでくださいね」

 そう穏やかに声をかけてから、ななしは下がって、ジャミルの隣に並んだ。






 そうして、お茶の時間は再開された。妹とは会話こそ続けているものの、離れた場所で控えている二人がどうにも気になる。何もそれはオレだけではないようで。さっきまではジャミルの方など見向きもしていなかったのに、今は話の合間に、お茶を飲んだときに、ちらちらと向こうを見やっている。

「あんまり見てると、何かあったのかと思われちまうぞ」
「っ!……でも、何話してるか気になって」
「なんだ、ジャミルにやきもちか?」

 自分のことは棚に上げて、少し意地悪く問いかけると、ふてくされたような顔をされた。まぁでも、気持ちは分からないでもない、か……。
 名前が出たことが聞こえたのか、ジャミルがオレに注意を向ける。軽く首を振って返すと、ジャミルは肩の力を抜いて、再び隣のななしと話しはじめた。二人とも、オレたちの方に意識を向けながらも、静かに穏やかに、話を弾ませているようだった。化粧でスッと縁取った目を楽しげに細めて、柔らかそうな唇で紡がれていく彼女の言葉は、オレの元には届かない。

 ふと、正面に視線を戻すと、何故か意を決したような目をして、ジャミルの用意した菓子を次々に口へ放り込む姿が飛び込んできた。ふてくされた様子から一変したことに驚いている間にも、オレが淹れたお茶を一気に飲み干していく。
 ななしの一番であることはどうあっても間違いないはずなのに。なんだかんだ、必死なようだ。

「戻るのか?」
「うん」

 力強く、こっくりと頷いた妹は、ぱっとななしの方へ嬉しそうに顔を向ける。動きを先読みしたかのように、ななしはすでに数歩歩み寄ってきていて、それに気付いた妹は、さらに顔を明るくさせて駆け寄っていった。
 おそらくは体に染みついているのだろう。ななしは軽く両腕を開いて、受け止める姿勢になる。そのままの勢いで飛び込まれても、慌てることなく一歩後ろに足を引いて、しっかりと抱き止めた。

「もうよろしいのですか?」
「えぇ、たくさんお話できたわ」
「それはよかったです」

 まるで、姉が妹に向けるかのような優しい顔をしながら、魔法石の腕輪で飾られた左手で、自分よりも低い位置にある頭を二度撫でた。
 抱き合っていた体が離れると、すかさず妹はななしの右手を取る。それに対して慣れたように手を握り返すさまは、主従というよりも、やはり姉妹のようだった。




「ごちそうさまでした」
「失礼いたします」
「あぁ、またいつでも来いよ!」

 別れの挨拶を済ませて、二人の背中を見たとき、どういう訳か、先ほど妹の頭を撫でていた手が思い出された。今もこうして視界に入ってはいるが、あぁきっと、その腕には煌びやかな金の腕飾りが似合う。

「ななし!」

 左手の腕輪を外しながら、背を向けたななしを呼び止める。振り返った彼女の返事を聞く前に、外したばかりの腕輪を放り投げた。ななしは慌てた様子で、妹の左手からするりと右手を抜き取ると、危なっかしく両手で受け取った。

「それ、やるよ」
「えっ?」
「お前、もっと着飾ってもいいと思うぜ!」

 本当はその腕輪だけではなくて、服も、靴も、耳飾りも、髪飾りも、なんだって全部全部。もっと鮮やかに華やかに着飾ったって良いのにと思いながら。そこまでは言葉にはせず、笑顔を向ける。

「ですが……」
「良いから、もらっとけ!」

 ななしは、受け取ったものに視線を落としてから、驚いたような困ったような顔でオレを見た。舌を巻くほど繊細な細工が施された一等品だから、自分には過ぎた物だと思っているのだろう。オレが似合うと思ったんだから、そんなこと、気にしなくたっていいのにな。
 戸惑ったように、そっと視線をオレから外して、少し後ろ、ジャミルの辺りを暫し見つめる。そして軽く視線を伏せてから、再びオレを見て、ようやく控えめに口を開いた。

「ありがたく、頂戴いたします」
「おう」
「……ねぇ、私がつけてあげる!」

 呼び止めてから今まで、口を挟むことのなかった妹が、ななしの左腕を取りながら明るく言う。少しだけ驚いたように目を丸めたななしだったが、表情を和らげながら右手に乗った腕輪を差し出した。

 すっと細められた左の指先。その爪には鮮やかな色を散りばめて、その指には細身の指輪を重ねてつけたら、きっと、もっと素晴らしいのに。

 妹が手にした腕輪を、ななしの指先が潜っていく。細い手首に差しかかる手前で、すでにその手を飾っていた華奢な腕輪とカチリとぶつかる音がした。

 その後は、するすると滑るように、ななしの腕をオレの腕輪が這い上がっていく。そうして、贈り物は、彼女の二の腕のあたりに収まった。あぁ、やっぱり思った通りだ。

「はい、似合ってるわ」
「ありがとうございます」

 ななしに腕飾りをつけ終わった妹は、息をするかのように自然に、再び彼女の手を取っていた。ななしもそれを気にするわけでもなく、優しく笑って言葉を紡ぐ。

 つないだ右手を引かれるようにして歩いていたななしは、部屋から出る直前に、振り返って、もう一度軽く礼をした。先ほど贈ったばかりの金の腕飾りが、最後に扉の向こうへ消えた。






 扉が閉まって、ジャミルと二人に戻った。何となく、今は喋ったり笑ったりする気分にはなれなくて、どさりと無雑作にソファに身を投げ出す。ずるずる体を動かし、頭も背中も座面にはりつかせて、クッションを腹の上で抱えた。

 こうして実家に戻ってきている今だって、毎日会えるわけじゃないのに、学校に戻れば、また、しばらく会えなくなる。身軽になった左腕を上げ、少し眺めてから、そのまま顔を覆う。
 別に連絡手段が無いわけじゃない。でもななしだって学校に行って、帰ってからはオレの妹の世話を焼いて、きっとジャミルみたいに大変な思いをしてる、たぶん。

 それで、だから、だけど……。
 考えがまとまらなくて、意味のない言葉が頭の中をぐるぐる巡る。

「カリム」

 片付ける手を止めたジャミルが、いやに静かな声でオレを呼んだ。左腕を少し退かして、視線をそちらに向ける。

「お前が望めば、今すぐにだって手に入る」

 顔も、声も、いつになく真剣なものだった。まっすぐにオレを射抜くかのような視線で、声のトーンだっていつもより少し低い。

 ジャミルは何を・・とは言わなかったが、何のことか察しはついた。

「誰も反対できないさ」
「それは分かってるんだけどさぁ……」

 返事をしながら、左手で前髪をぐしゃりと握る。

 ななしは。
 ジャミルとは立場が近いし、親戚ということもあってか、会えば気兼ねなく話をする間柄。
 オレの妹とは本当の姉妹以上に仲が良くて、信頼しあっている。
 ずっと昔、幼い頃。遊び相手だったときには、ジャミルと同じくらい近かったはずなのに。今は、オレが一番遠い。

「……頼むから、後悔だけはするなよ」
「あぁ、分かってる」

 少しだけいつもの声音に近づいた投げかけには、もちろん本心で返す。

 オレがほしいと言えば、この手の中に収まる。
 そんなの分かってる。
 ななしの立場じゃ断れないし、ユニーク魔法の後押しもあるから、誰一人として反対する理由がない。

 大きく息を吐いて、もう一度左腕で顔を覆った。

「……分かってるよ」

 望めば叶うなんてことは知っているのに。いまだに叶えられないのは、なんでだろうな。