これのIF


 昔むかし、あるところに、美しい尾ひれを持つ小さな人魚がいました。
 誰もが羨むような、それは美しく、輝くような尾ひれを持っていましたが、彼女はいつもひとりぼっちでした。
 なぜなら彼女は美しい姿をしていたけれど、決して強くはなかったからです。小魚の大群のように押し寄せる、妬みや嫉みに言い返すことも、怒ることもできません。唯一、押し寄せる小魚たちの前で泣かないことだけが、小さな彼女のちっぽけな強がりでした。

 そんな彼女にも、やがて3匹の友だちができました。努力家のタコの人魚と、楽しいことが大好きなウツボの人魚の兄弟たちです。4匹はとても楽しく暮らしていましたが、ある日、彼らは彼女を置いて、陸の世界に行ってしまいました。

 彼女はまた、ひとりぼっちになってしまいました。




 それから月日は流れて――




 彼女の隣には、一匹の心優しい人魚がいました。彼は、ひとりぼっちに戻ってしまった彼女に、自分が陸で見聞きした沢山の出来事を語って聞かせました。胸踊るような楽しい話たちは、やがて彼女の心を開き、いつしか、互いに惹かれていったのです。

 そんなある時、彼女の前にウツボの兄弟が現れました。そう、かつて彼女を置いて陸に行ってしまったあの・・彼らです!自分のことなどすっかり忘れられていたと思っていた彼女は大変喜びましたが、彼らはきっと違ったのでしょう。思い出話を楽しむ間もなく、泳ぎ去ってしまいました。
 彼女は寂しくなって、しょんぼりと肩を落としましたが、それでも平気でした。なぜなら今は、こうしてそばで支えてくれる彼がいるのですから。




 ところが、なんとも意外なことに、それほど時間をあけずに彼らは彼女の前に戻ってきました。今まで会わなかった年月を考えると、本当に、本当にあっという間のことです。しかも、今度はタコの人魚も一緒に、とても懐かしい3匹揃って。あぁでも、本当にびっくりすることは、この後に起こるのです。

「ごめんなさい」

 3匹は、頭を下げて謝りました。
 ほんのちょっと意地悪をしたかった気持ち。彼女は何も変わらないだろうと見くびっていた気持ち。そんなふうな、良くない気持ちが彼らの中にはありました。
 彼女が変わったことを知り、彼らは自分たちの中のそうした気持ちに気づきました。その慢心によって彼女を手放しかけていることにも、ようやく気付いたのです。そうして彼らは改心し、彼女を失わないために、自分たちにできることを伝えに来たのでした。

 彼女は3匹を許しました。いいえ、許すもなにも、はじめから怒ってなどいませんでした。ひとりぼっちに戻ってしまった時には、とてもとても悲しかったけれど、それでも彼らを恨んだり、憎んだりすることはなかったのですから。
 また、昔のように。彼女はほっと胸をなでおろしましたが、彼らが伝えたいことは、まだ終わってはいませんでした。


 ――どんなに難しい魔法でも使えるタコは、切なく縋るように言いました。

「貴女の時間を僕にください。そうすれば、僕なら、どんな願いだって叶えてあげられる」



 ――丁寧な物腰のウツボの兄は、落ち着いた声で誘うように言いました。

「僕と一緒にいてくれませんか?もちろん、退屈なんてさせませんよ」



 ――どこか楽しげなウツボの弟は、明るく歌うように言いました。

「オレと一緒にいようよ。陸でも空でも、どこでもさぁ。絶っ対、楽しいって」



 それを聞いた彼女は、まるで迷子になってしまったかのような心地になりました。でもそれは、帰り道が分からないような寂しいものではなくて、どこへでも行けるからこそ、どこへ行けばいいのか分からない、そんな迷子の気持ちでした。ふわふわと海を漂うクラゲになってしまった彼女の心は、いったい誰のもとへたどり着くのでしょうか。





 さて、この物語はここでおしまい。
 ……えっ?彼女が最後に誰を選んだか……?

 ―― ひとりぼっちの彼女を支えた彼…?
 ―― 自分とは、同じで違う彼女を想うタコ…?
 ―― 密かな楽しみを抱いているウツボの兄…?
 ―― 共にあることを楽しむウツボの弟…?

 その答えはきっと、あなたの頭の中に。


 ただ1つ言えるのは、物語の最後を飾る、忘れちゃいけないあの言葉。


 きれいな尾ひれの人魚は、いつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。


〜 Happy End. 〜