これの続き。4章配信まで(以下略)




「あぁ、そういえば。最近カリムから連絡はあったか?」
「ううん、ないけど。……何かあった?」
「いや、特には……。まぁ、せっかくだから代わる。少し待っててくれ。……カリム、入るぞ」

 ななしとの電話は繋いだまま、カリムの部屋を訪れた。扉を開けたところで、思わずその場で足を止める。……まったく、ひどい有様だ。

「あぁ、ジャミル。ちょうど良かった!実は今、」
「ほら」
「んっ?」

 何かを探している最中だったのだろう。クローゼット前、山積みになった服に囲まれながら、こちらを向いて明るく返事をされる。思わずため息をつきそうになりながら、話を遮って、繋がったままの電話を投げて渡した。
 カリムは片手で危なげなく受け取ると、画面に表示されている名前を見て、それはもう、分かりやすく目を輝かせた。待ちきれないように電話を耳に当て、床に散らかる物たちをひょいひょい器用に避けながら、ベッドの方へ歩みを進めていく。

「ななし?……あぁ、久しぶりだなぁ!どうだ、そっちは変わりないか?」

 無事にベッドへたどり着き、仰向けに転がったのを見届けてから、改めて部屋の惨状に目を戻す。

 さて、カリムは一体何を探していたのか。主に散らかされているのは、クローゼット、教科書の類と、その隣の棚。教科書まわりを探すということは、授業に関わる何かを探していたのか。
 そういえば、今日の授業で課題が出ていた。それをやるために?だが、あれは課題と言っても大したものではないから、授業で使う教科書だけあれば済むはずだ。……どこかに忘れてきたか、それとも、いつもと違う場所に置いて分からなくなったか。他にもいくつか可能性としてはあるが……まずは部屋の片付けがてら、探すか。

「あっ!そういや、この前……」

 弾んだ声で会話は続いていく。話したいことがあるなら、電話くらい自分で架ければいい。そうすれば、俺も少しは……いや、あまり変わらないか。一歩前進には違いないが、根本的な問題は解決しない。



 先の帰省時、黄金の腕輪の件。
 元々、ななしの身なりは、華美すぎず、かといって主に恥をかかせるような貧相なものでもなく。仕える者の装いとしては適切なものだった。誰が見たって、文句のつけようはない。
 それに対して、“もっと着飾れ”とのたまった挙げ句、あんな腕飾りを贈るだなんて。俺からすれば『自分のものとして隣に並んでくれ』と言っているようにしか思えなかった。

 カリムのことだ。腕輪を渡したのはその場の思いつき、俺が受け取ったような意味は、本人も認識していなかっただろうとは思う。思うが、それでも、根底にはそんな本心があったように思えてならない。客観的に見て不自然ではない距離感は保ったまま、それでも、彼女が去ったあと、静かに視線を伏せる様を何度も見てきていたから、なおさらに。

 ただ幸運なことに、あの後も、他の人間はまだカリムの心には気付いていないようだった。少なくとも、動きがない以上は、確証にまでは至ってはいないはず。日頃の突飛な行動と、ななしとは子供の頃からの知り合いということが、周囲の目、という点に関してはうまく働いているようだ。彼女への贈り物の1つや2つ、多少他より目をかけることがあったって、その事実だけで“特別なもの”とはみなされづらい。
 明言せずとも“特別”であることが周囲に伝われば、トントン拍子で勝手に話は進むだろう。そうすればななしは手に入るが、カリムが動けない理由を考えると最善ではない。だから、今はこれで良い。




 探し物の教科書は、カバンの底から出てきた。

 動作も思考も、一瞬止まった。カバンの中だけ探せばよかったところを、こんなに散らかしたのか……?教科書を手にカリムを見やれば、こちらの心境など露知らず。変わらず嬉しそうに目を細めながら、話を弾ませていた。ふと目が合ったので、口は閉ざしたまま、見つけた教科書を片手で掲げて見せる。……お前が探していたのはコレだろう。

「はっはっは、そうなんだよな。――あ、サンキュー、ジャミル!――あぁ、悪ぃ。今ジャミルが探し物見つけてくれて……」




 電話越しに一対一であれば、こんなにもに楽しそうに話せるくせに。珍しくカリムが動けなくなっているのは、ななしの意思など無視して手に入れられる立場にあるからだ。そんなもの、と言ってはなんだが、気にしなくとも良いだろうに。

 一方、ななしもななしで、価値観や判断軸が、おそらく世間一般とは少し異なっている。特に、ここ一番の大きな判断を求められる場面では、アジーム家に仕える者として、バイパー家の者としてどうすべきか。それが自ずと優先される。
 それでなくとも、自分より他人の気持ちを慮る性格で、頭も悪くないのだから、この件に関しての意思を“聞こう”とした時点で、しがらみにとらわれない、彼女個人としての答えを得ることが不可能になるのは、ほとんど目に見えていた。きっとカリムもそのことを感覚的に知ってはいるから、いつものように行動できなくなっているのだろう。




 この先の展望としては大きく3つ。1つ目、カリムが自ら望んで手に入れること。2つ目、カリムの気持ちに勘付いた周囲の人間がお膳立てすること。3つ目、これは最悪のパターンだが、ななしが他の男のものになること。

 正直なところ、ななしにとっては、相手がカリムでも、家の決めた他の男でも、特段何も変わらないだろう。決まったことを受け入れて、その中で手にする幸せを、自分にとっての最大限のものとして享受するはずだ。
 別に、ななし個人としての感情や意思がないわけじゃない。ただ、基本的には、彼女の考えそのものが周囲の望むものと一致しているし、仮にズレたとしても自然と“上書き”するのが上手いだけのこと。そして、上書きできてしまう以上は、何のしがらみもない彼女自身なんて、有って無いようなものだ。

 だから、躊躇する必要なんてない。ななしのことなど気にせず、さっさと自分のものにしてしまえばいい。こればかりは、他人に準備された結末でも、彼女を失う結末でも、どうせカリムは後悔する。



 クローゼットの前にまき散らされた衣服を拾い集めながら再びカリムに視線を移せば、相も変わらず嬉しそうに顔を輝かせて、電話越しの会話を楽しんでいるようだった。その電話の向こうには、昔とは変わった丁寧な言葉遣いこそ崩さないものの、笑顔で話すななしがいるんだろう。

 頼むから。後悔する前に、早く決めてくれ。お前なら、あいつを幸せにできるに決まってるんだから。