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 一人で劇場に立っていた。あるはずの座席はなくて、がらんとした何もない客席に、ぽつんと一人で立っていた。

 光に照らされた舞台では、よく見知った物語が上演されている。私の、元いた世界での物語。

 朝起きて、おはようの挨拶をして、慌ただしく身なりを整えて。行ってきますを言って、学校へ向かう。今度は友達におはようの挨拶をして、教科書の準備をして、授業を受けて。
 数学の授業。英語の授業。昼休みのお弁当。放課後のおしゃべり。帰り道は雨。動画で夜ふかし。そうしてまた朝になって、一日が始まる。

 客席から舞台を眺めていたはずなのに、気付けば私のまわりに広がるのは、かつての日常に変わっていた。本当ならば『懐かしい』と思うべきなのだろう。『帰りたい』と思うべきなのだろう。
 それなのに、こみ上げた感情は『おそろしい』だった。抗うすべなく、周囲を埋め尽くされていくさまが、ひどくおそろしかった。心臓がばくばくと音を立てていく。

 その日常は、終わることを知らないように、ぐるぐると私の周りで繰り返されている。どうしようもない気持ちが膨らんで溢れそうになったとき、ふいに後ろから腕を掴まれ、引き上げられた。その手は、私にとってよく見知ったもので、ひどく安心できるもの。振り返れば、ほら、やっぱり。思った通りの彼がいた。

 いつの間にか、舞台は暗転していた。何もない客席で、彼と二人、向かい合っている。するりと腕を滑った優しい手が、私の手をしっかりと握りしめた。

 ――決してその手を離さぬよう

 夢か現か。いつだか聞いたことのある言葉が、頭の片隅に浮かんで消える。
 その言葉に再び導かれるように、彼の手を握り返せば、先ほどまでのおそろしさなど、嘘のように消え去った。



 たとえ夢の中であっても、大切な過去をおそろしいと感じるだなんて、心が痛かった。大事なはずのものを、そう・・思ってしまったのは、きっと、何よりも彼のせいだ。
 だけど。だからこそ、彼の手を離しがたいとも思っているのも本当で。……私は、ちゃんと決断できるのだろうか。