「先輩?」
朝目覚めるといつものように先輩の顔がすぐ側にある。けれど、今日はなんだか様子が少し違っていて、汗をびっしょりかいていた。顔に張り付いた髪を避けてあげようと手を伸ばすと、触れた額が熱を持っている。びっくりするくらいの高熱だ。
起こすのは憚られて、そっとベッドから抜け出そうとする。
「ナナシ?」
ぼんやりとした声に呼び止められた。結局起こしてしまったようだ。
「っ、くそっ。頭いてぇ」
先輩はおでこを腕で覆って眉間にシワを寄せながら、悔しそうに呟く。
「先輩、熱もありますよ。朝ごはんと薬持ってくるので、そのまま寝ててくださいね」
腕をおでこに当てたまま、先輩はぼーっとした目で私を見てくる。
「お腹すかねぇ」
「ちょっとでもいいので食べましょう?」
「食べたくねぇ」
体がしんどい中、ご飯を食べる気力もないのは分かる。それでも食べてもらわないと薬を飲んでもらうこともできない。
「果物なら食べれますか?」
「…むり」
「でも何か食べて薬飲まないと…」
「……」
先輩は険しい顔をして、どこか不満そうに黙ったままだ。
「じゃあリンゴはどうですか?」
「…ん」
「持ってくるので待っててくださいね」
ようやく同意を得られた。引き止められるような視線を浴びながら、キッチンへ向かう。
普段ならそのまま丸齧りのリンゴも、今日ばかりは食べやすいように小さくカットする。お皿に盛り付けて、薬とお水と共にお盆に乗せて寝室へ向かう。
先輩は額に手を当てて俯きながら、体を起こして待っていた。ベッドサイドのテーブルにお盆を置いて、ベッドの端に軽く腰掛ける。
「食わせて」
「…あーん」
「そうじゃなくてさ、」
リンゴをフォークに刺して口元に持っていくと何故か文句を言われる。彼の人差し指が私の唇に触れて、口の中に入ろうと無理やり押し込まれた。歯がそれを阻む。その意味を少し考えてみるが、口移しで食べさせろ、ということなのだろうか。
「……あんまり調子に乗らないでください」
「なんだよ…こっちは病人だぞ」
拗ねたような先輩の言葉は無視して、今度は私がリンゴを唇に押し付ける。先輩は唇をきゅっと結んで恨めしそうに私を見ていたが、観念したのか口を開いて、小さく一口齧った。シャクシャクと音がする。
「……もういらねぇ」
「せめてこの一切れ、がんばって食べましょう?」
「……ん」
再び口元へリンゴを持っていく。先輩は興味なさそうに目を逸らしていたが、私の視線に押されたのか、少し経ってから口を開いて、パクリと食べた。食べてくれたのが嬉しくて思わず口角が上がる。
「ちゃんと食べれましたね」
「ん」
「冷えピタ持ってくるので、薬飲んで待っててください」
解熱鎮痛剤とペットボトルの水を手渡してから、再び寝室を出る。冷蔵庫に冷やしてあった冷えピタを手に戻ると、先輩はちゃんと薬を飲んでいたようで、お盆の上には空になったシートと飲みかけのペットボトルが置かれていた。
「薬飲めたんですね、さすがです!」
「まぁな」
熱でぼうっとしているのは相変わらずだったが、先輩は少し嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、おでこ出してください」
「ん」
額にかかる髪を避けてもらう。ベッドに腰掛けて、冷えピタの裏のシートを剥がし、狙いを定めておでこに貼る。
「……はい、貼れました」
「冷たくてきもちい」
「このままゆっくり寝ててくださいね」
その言葉が聞こえているのかいないのか、先輩はすっと表情を落として、ゆっくりとまばたきをしながら、ぼんやりとした目で私を見つめる。どうしたのだろう。
「なぁ…」
「?」
気だるげな声で呼びかけられる。
「セックスしたい」
「は?何言ってるんですか?」
先輩は相変わらずぼーっとしたままだったが、とんでもない事を言ってのけた。思わず目を見開いて、耳を疑う。
「セックスしたい」
「…こんな状態じゃ無理に決まってるじゃないですか。人肌恋しいなら、手つないで一緒に寝ましょう。ね?」
先輩は同じ言葉を繰り返したが、私の提案を聞くと、どうしようか迷ったのか口をへの字にして押し黙った。しかし、しばらく待って口から出てきたのは否定の言葉だった。
「やだ」
「先輩」
強引に腕を引かれてベッドに倒れ込む。仕方なしにベッドに上がり、先輩を諭すように向き合って座ると、先輩はさらに私に近づいて座り直した。頭の後ろに手はまわり、熱に浮かされた瞳が迫ってくる。逃げ場はない。唇が触れる。離れる。また触れる。
そんなことを何度も繰り返しているうちに、今回もすっかり先輩のペースに飲まれてしまった。いつもより熱を持った舌が口の中に入ってくる。呼吸が乱れる。舌が離れて、また触れる。
そうしている間にも、先輩の空いた方の手は私のTシャツの中に入り込んで、いやらしく素肌を撫であげる。脇腹を這う手に、びくんと体が跳ねる。唇を塞がれていても、気持ち良さから声は漏れた。
ようやくキスの時間が終わって、熱の籠もった青い双眸に見つめられる。体のラインをなぞるように両手で撫ぜられて、それからTシャツを捲り上げられた。ここまで来たらあとには引けないことは分かっている。大人しく両手を上げて服を脱がされた。先輩の手に収まったTシャツはすぐにどこかに放り投げられた。
先輩が私に唇を寄せようとすると、早くも役目を終えたのか、冷えピタがぺろんと剥がれてそのままぽとりと二人の間に落ちる。先輩はそれを邪魔そうに投げ捨てた。
「っふ、う、」
左腕は抱きしめるように背中に回されたまま、首筋を軽く吸われる。そのまま熱い舌が舐めあげる。私も先輩の背中に両腕を回して体を寄せる。熱い右の手のひらが胸を包む。柔らかさを確かめるように、やわやわと優しく揉まれる。先端を軽く摘まれて、弄ぶようにくりくりと指先が動かされる。そのどれもが気持ちいい。
寝間着のショートパンツに手が伸び、ウエストを軽く引っ張られた。先輩の意図を汲んで自ら脱ぎ去ると、先輩も煩わしげに服を脱ぎ捨てる。
向かい合って座ったまま前戯は続く。背中に回された手はそのままに、先輩の手がするりと脚の付け根に移動する。そして開いた脚の真ん中、敏感なところをやんわりと押しつぶすようにして撫でられた。
「はぁ、あっ、」
先輩を抱きしめる腕が自然と強くなる。頭の中は気持ちがいいでいっぱいで、先輩と肌を寄せ合えるのが嬉しくて、好きという気持ちが溢れている。
「っう、ふ、」
すっかり濡れた入り口に指があてがわれて、ちゅぷちゅぷという音と共に出し入れが始まる。いつからだろうか、気付けば気持ち良さから涙が頬を伝っていた。気持ちいいがどんどん溜まっていく。上壁を擦られて、どんどん快感は積み重なっていく一方だった。
「自分でできそうか?」
「…はい」
中を探っていた指を抜かれて、熱い瞳に問われる。熱と頭痛に苛まれながらの行為はさすがに先輩でも厳しいのだろう。ここは私がやるしかない。返事をして、意を決して、軽く腰を上げて先輩に跨る。左手は肩に、右手で軽く位置を調整して、ゆっくり腰を落とす。先端が入る。そのまま根元まで飲み込んでいく。連動するように息と声が吐き出される。
先輩の高い体温を感じて、やはりここは私が頑張らねば、と軽く腰を動かしたのも束の間、先輩は私の太ももを掴んで上下に揺さぶりながら、突き上げてくる。
「あっ、あっ、」
強く押し付けられる快感に、思わず先輩の首にぎゅっと抱きついた。汗ばんだ熱い素肌が私に触れる。びくびくと震える体。勝手に中が締まって、先輩の形を感じる。押し出される声が止まらない。肩に顔を埋めて、ひたすらに吐息と声を先輩にぶつけた。
しばらくすると一度動きが止まって、背中に手を添えられながら優しく押し倒された。キスをひとつ貰ったあとで再び続きが始まる。先ほどまでより動きが速い。どんどん限界が近付いてくる。
「っう、あっ、」
先輩の首にしがみついたまま絶頂を迎えた。先輩も達したようで、呼吸が少し変わる。私の中を蹂躙していたソレが引き抜かれて、額にキスをされたかと思うと、急に力が抜けたらしい先輩に押し潰された。気絶するように眠っている。ぐったりしている90キロの体はさすがに重い。けれど、起こすわけにもいかないので無理やりどかすこともできない。私は仕方なしにそのままでいることにした。先輩の頭を撫でる。耳元では少し苦しげで、けれどもどこか穏やかな寝息が聞こえた。
知らぬ間に私も寝ていたようだ。体の上には相変わらず先輩がのしかかっている。枕元のスマホを手探りで見つけ時間を確認すると、もう夕方だった。ご飯も食べずに寝ていたらしい。
「ん……」
私が身動ぎしたからか、先輩も目を覚ましたようだ。すぐ隣に私の顔があるのが分かったのか、流れるように頬にキスをされる。それから腕に力を込めて体を持ち上げた。ようやく重さから開放される。
「え…あれ…?もしかして俺、ずっとお前のこと下敷きにしてた…?」
先輩は寝ぼけてぼんやりしながらも状況を把握しようと努めている。曖昧に笑って返すと、先輩は目をぎゅっと瞑ってからため息をついた。
「ごめん、重かったよな」
「これくらい大丈夫ですよ」
大丈夫とは言い難かったが、それを隠して軽く微笑むと、額にキスが降ってくる。
先輩は体を起こして大きく伸びをした。
「っあー、腹減ったぁ」
「私もお腹減りました」
声の調子はすっかりいつも通りだ。正直、病人相手にありえない展開ではあったけれど、先輩が元気になったのであればまぁいいかとも思ってしまう。ご飯は何を作ろうかな、なんて、ベッドから這い出て散らばった服を集めながらそんなことを思った。