肩に寄りかかって眠る彼女。思えばあの時、ウチの会社に誘っていなかったら今こんな状況はあり得なかった。
間抜けでかわいい寝顔だなと思う。まぁ正直、付き合う前から、というよりも、軍にいた頃からナナシをかわいいと思うことはあった。性格的にも、見た目的にも。あくまで客観的に見て、という意味ではあるが。
そんなことをぼんやり思いつつ、彼女を会社にスカウトしたきっかけ、軍にいた頃のやり取りを思い出す。
「そういや、進路決める時、最初っから軍に入るつもりだったのか?」
「はい。子どもの頃から軍に入るものだと思ってたので」
高校卒業後の進路について、他に候補があったのか尋ねると、ナナシはさも当然のように、そんなものはない、と言ってのけた。そこには何の疑問も挟む余地は無いようだった。
「強いて言うなら、士官学校を志望するかどうかで少し迷ったくらいでしたかね」
彼女の家は軍人一家だった。それもエリートの。父親も兄弟も、みんな士官学校出身で、母親も軍の基地で働いているらしい。だからこそ彼女にとって軍に入るのは至極当たり前のことで、恐らくは士官学校に行くことも当たり前のことだったのではないかと思う。けれど彼女は士官学校には行かなかった。
「でも、私はあんまりそういうの向いてないかなって思ったのと…」
先ほどまでとは違い、どこかためらうように言葉を続ける。
「他の家族とは違うことをやってみたかった、っていうのがあるのかもしれません」
そう言って迷うように、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
家族と違うことをやりたいのに軍にいる。これは両立することなのかもしれないが、どこか矛盾しているようにも感じられた。まるで軍にしか居場所がないと思っているようだ。
けれど、それを指摘したところで彼女を悪戯に迷わせてしまうだけだと思った。だからその時は無責任に指摘することはできなかった。
俺はそのやり取りを覚えていた。だから社内でポジションが空いたと聞いたときには、ナナシに声をかけようとすぐに思い至った。
ひとつは、軍以外にも居場所はあるんだと知ってほしかったから。彼女にも世界を知ってほしかった。
もうひとつは極めて個人的な理由で、彼女に死んでほしくなかったから。以前、作戦中に大怪我を負った彼女を担いで走ったことがある。その時のことは今でも鮮明に覚えている。死を間近に見た大切な仲間を、友を失うことが怖かった。だから前線から離す理由を作りたかった。ナナシにしてみれば、おこがましくて身勝手なことかもしれない。
俺の提案が彼女のキャリアに関わることは重々承知していた。ナナシは兵士として優秀で、最前線で活躍するスーパーソルジャーにだってなれる資質を持っている。
だから今回の話に興味を示さず、軍人としてキャリアを積みたいというのであれば、無理に引き込むつもりはなかった。
けれど、彼女は迷いを見せた。軍の外にもお前の居場所はあると伝えるとハッとして目を見開いていた。迷うのであれば、背中を押してやりたい。
「外の世界も広いもんだぜ。もし一人で飛び出すのが怖いってんなら、心配すんな。俺がいる」
真っ直ぐに目を見て、思っていることを伝える。ナナシは唇をきゅっと結んで、迷いを表すように視線をゆらゆら揺らして瞼を伏せた。そして数秒が経ち、もう一度瞳が顕になると、そこには意思を固めた真っ直ぐな双眸があった。
「前向きに考えさせてください。でも、返事は今じゃなくても大丈夫ですか…?」
「あぁもちろん。ちゃんと考えてから決めてくれよな!」
俺の言葉にナナシは笑顔になる。彼女の心はほとんど決まっているようだったが、その時に返事は貰わなかった。しかし、翌日には電話がかかってきて、この話を受けたい、との連絡が来た。
彼女が入社してからは、以前と同じく同僚になり、いつでも遊べる気楽な友人に戻った。それから、あの日あの時から関係は変わって、今ナナシは、こうして隣で体を預けて眠っている。
――心配すんな、俺がいる。
あの時はあくまで友としての言葉だった。けれど今となっては、俺の隣が彼女の居場所であってほしい、そんな願いの込められた言葉に変わっている。