寝室の扉の前、緊張を紛らわせるために深呼吸をする。私は今、いわゆるえっちなメイド服を着て立っている。こんなことになったのは、先日、先輩がメイドさんごっこしてみない?と提案してきたからだ。別に乗り気ではなかったが、先輩がやってみたいなら…と了承して今に至る。
けれどやっぱり後悔の念は禁じ得ない。部屋に入るところからやりたい、という希望があったのでリビングで着替えを済ませてきた。が、露出が多くはみ出してしまいそうな胸元、当然のようにミニ丈のスカート、ガーターベルトにニーハイストッキング、というセクシーすぎて恥ずかしさを覚える格好だ。でもここまで来たらやるしかない。意を決し、己を奮い立たせて3回ノックする。
「失礼します」
「おう、入れよ」
先輩の口調はいつもと変わらない。そっとドアを開ける。先輩は枕を背もたれにしてスマホを眺めていた。ばちりと視線が合う。緊張からきゅっと唇を結ぶ。意外なことに先輩は特にこちらをジロジロ眺める訳でもなく、スマホを置くとベッドの端に腰掛け直した。入った時と同じように、そっとドアを閉める。
手のひらを上にして、ちょいちょいと指だけで招かれた。静かに先輩の元へと向かう。いつもならなんてことのない言葉のない空間が、やけに居心地が悪い。
両肘を膝について前屈みに座る先輩の前で立ち止まる。先輩は体を起こしてじっと私を見上げた。それから目を合わせたまま太ももに手を這わせて、そのまま短いスカートの中へ。下着に指をひっかけると、怪訝そうに眉を上げてようやく言葉を発した。いつもの口調のはずなのに、何かが違う。
「俺んとこ来るときには下着つけるなって言ったよな」
「ぇ?あっ、申し訳ありません。……脱ぎます」
そんな設定知らない、と思ったけれど、口には出せない。今の私は‘’メイド‘’なので、大人しく従うしかない。けれど、先輩の空気感がなんだか少し怖くて、嫌な意味で心臓がドキドキする。
間近で見られながらパンツを脱ぎさり、どうしようか手に持ったまましばらく悩んだ末、屈んでその場にそっと置いた。
「上は?」
「あの、着けてないです…」
胸の露出が多いデザインのせいで、ブラを着けても丸見えになってしまう。だから仕方なしに着けないままでいたが、回り回って、今回はそれが正解だったようだ。
「そうか」
先輩は胸元に手を差し込んで素肌を触って確かめてから、満足そうに頷いた。対する私は不安から眉尻が下がってくる。
「それで?どうするか覚えてるよな?」
「えっと、はい」
高圧的ではなくて、軽い口調のはずなのに、なぜか圧を感じる先輩の言葉。メイドさんごっこなのであれば、次にすることは、いわゆる‘’ご奉仕‘’というもので合っているはず。先輩の足の間に座り込んで、顔を見上げる。何も言われない、ということはきっと正解だ。
先輩のベルトに手をかけて外す。ズボンの前をくつろげて、それを取り出す。制止の言葉はかからない。それでも念のためにちらっと上を見て確認すると、ただこちらをじっと見つめる目がそこにはあった。緊張する。
すでに少し硬くなってきているものを軽く手で握って擦ってみる。徐々に硬さは増してくる。ちらりと上を見る。また目が合う。なんだか落ち着かなくて、すぐに視線を外して目の前のものに舌を這わせた。下も、横も、先端も、丁寧に舐めてゆく。先輩の手が頭を撫でた。ずっと怖さを感じてきたけれど、それはいつもの優しい手のようで、少しだけ安心した。
「ん、む、」
再びちらりと上を見て間違っていないことを確認してから、すっかり立ち上がったものを口で咥えた。そのまま前後に頭を動かす。口の中はいっぱいで苦しいけれど、髪を撫でる先輩の手は心地よい。時折、口を外して軽く息を整えながら、ゆっくり続けていく。突然、先輩の両手が頭を掴んで、根元まで咥えるように引き寄せた。
「ん゛、ぅ、」
苦しさを我慢して、喉の奥まで咥えこむように頭を動かす。それを確認した先輩の手は再び私の頭を撫でた。今の私にとっては撫でてくれる先輩の手だけが心の拠り所だ。目尻に涙が滲む。
「もういいぞ」
「っぷ、はい」
ちゅっと先端を軽く吸いながら口を離す。どうやら最後まではしなくて良いらしい。何度目かも分からないがもう一度先輩を見上げると、いつもと違ってどこか冷徹で、それでいてギラギラしている青い目がこちらを見ていた。また少し恐怖を思い出す。今の私は、きっと情けない顔をしている。
それから先輩は何も言わずに服を脱ぎ始めた。あわせて私も脱ごうと服に手をかけると、いつもと同じなのに違う、淡々としたどこか冷たい声が飛んでくる。
「おい、なんでお前も脱ぐんだ?」
「え、ぁ、その…」
「脱がなくていいって教えなかったか?」
「ぁ、申し訳ありません」
先輩の中の設定はよく分からないし、叱られたのが悲しくて泣きそうになるが、どうにか泣くのを堪える。謝っても先輩は笑いかけてはくれないし、やっぱり怖い。
服を脱ぎった先輩は、ベッドに上がり、近くをトントンと軽く叩いた。おずおずとベッドに乗る。
近くに座ると問答無用で押し倒された。急にギアが上がったかのように、耳元に、首元に、たくさんの唇が降ってくる。舌が肌を這うたびにぞくぞくする。気持ちが良くて、簡単に息は上がってくる。
先輩の手が胸元の布をグイッと下げ、ぷるんと胸が押し出されて顕になった。恥ずかしい気持ちが急激に湧き上がる。先輩はそんなことは気にも留めずに、指先と舌で胸を愛撫していく。
「っあ、ん、ぁ、」
「声抑えろ、いつも言ってるよな」
怖い気持ちはあれど、気持ちが良ければ声は出る。すると、とうとういつもとは違う、ずっと冷たい口調で咎められた。今までそんなこと言われたことない。快楽を前に現実と虚構が入り混じって、いっぱいいっぱいになって。悲しくなって、目に涙が溜まってくる。
「あっ、ぁ、申し訳ありません」
どうにか声は出さずに、息だけを出そうと頑張ってみる。けれども胸の頂を触られているのに全く声を出さないなんて不可能なことで、どうしても声は漏れ出してしまっていた。また叱られてしまうかもしれない、という思いが常に頭の中にはある。涙がぽろりと零れる。がんばらないと。
「スカートはどうすんだっけ?」
「えっと、あの、」
もう胸は十分に堪能したのか、体を起こした先輩に見おろされながら問われた。口調は軽く、いつものようだったけれど、無表情だ。たぶん脚の間を触るのに邪魔だ、ということが言いたいのだと思う。息は荒いまま、涙が頬を伝うまま、不安な気持ちで裾をそっと持ち上げてみる。
「ん、上出来だな」
満足いく行動ができたようで、先輩は少し表情を和らげた、ような気がする。でもそれにほっとしていたのも束の間、指先が敏感な突起に触れる。快楽を引き出すように何度も何度も擦られる。気持ちがいい。どうにかして空気だけを吐き出そうとしても、声も一緒に出てきてしまう。気持ちがいいのと、言いつけられたことができなくて嫌われたらどうしようという不安が入り混じって、更に涙が零れる。
「はっ、は、っぁ、」
やがて指は私の中へと入ってきて、具合を確かめるように出入りを繰り返す。ちゅぷ、と濡れていることを示す音が聞こえてきた。我慢しようとしても、勝手に声と涙は溢れてくる。中の気持ちいいところを何度も触られて、びくびくと体が跳ねた。
中で動いていた指が出ていく。どうにかして息を整えようと試みる。けれど、その時間はそんなに長くは続かなくて、脚を小脇に抱えられると一気に奥まで挿入された。
「ぁあっ、はっ、」
絞り出される声を止めることはできなかった。いつもよりも荒々しくて深い出し入れに呼吸も声も乱れる一方だった。先輩は体を起こしたまま腰をぶつけてくる。いつもの優しさは感じられなくて、怖くて、悲しくて、涙が止まらない。それでも気持ちはよくて、スカートの裾をぎゅうっと握りしめて必死に耐えようとする。
でもそんな些細な抵抗は意味をなさず、がつがつと奥を穿たれると、一気に限界まで持っていかれてしまった。
「あっ、ぁっ、」
ひときわ大きな声が出た。体が震え、目尻に溜まった水滴が、つーっとこめかみを伝って流れた。
「お疲れさん。もう行っていいぞ」
「ぁ、はい」
私の中からそれを引き抜くとすぐに先輩はそう言った。また、いつもと同じ口調のはずなのに冷たさを感じる言い方だった。いつもなら終わったあとは寄り添ってくれるのに、突き放されたようで悲しかった。未だ余韻の中にいて、呼吸も整わないまま、身なりを整えて、床に置いたパンツを拾って、ドアへと向かう。
「失礼しました」
先輩はすでにスマホを手にしていて、ちらっとこちらを一瞥するだけだった。来たときと同じように、そっとドアを開けて、そっと閉める。
涙が頬を伝うまま大きく深呼吸してから、バタンと勢いよくドアを開けた。パンツ片手にベッドの上の先輩に泣きながら飛びつく。先輩の手にはもうスマホはない。
「せんぱぁい」
怖くて、悲しくて、寂しくて、本気の涙が溢れた。先輩は先程までとは打って変わって、優しく抱きしめてくれる。その優しさが嬉しくて、もっと涙が零れた。
「こわかったぁ……」
「悪ぃ、なりきってみたらつい……怖い思いさせてごめんな。……愛してる」
「ぐすっ、わたしもです」
肩に埋めた顔を上げると、唇に優しいキスが贈られた。今度は安心感から涙が止まらない。ぎゅうっと先輩に抱きつく。
「なんか思ってたメイドさんごっこと違いました」
「そうか」
ひっついて、グズグズ泣きながら発した言葉を先輩はちゃんと受け止めてくれる。
「なんか言葉にするのは難しいんですけど……次はあんまり怖くないのにしてください」
「わかった」
先輩は優しい声で返事をして、頭にキスをしてくれた。
またとんでもない目にあうかもしれないのに、なぜか自分から次の話をしていた私はバカなのかもしれないと、あとになって思った。