「先輩!お仕事お疲れさまです!」
「お、準備してたのは知ってたけど、ほんとに来たのか!」
「はい、今日の私はプライベートですよ」
沖の監視からいったん退いてビーチの見回りをしていると、ぽんと背中を叩かれナナシに声をかけられた。明日は遊びに行きますからね、なんて楽しげに準備をしていたが、本当に遊びに来るとは。どこか自慢げなナナシに笑みが零れる。が、気になる点はいくつかある。
「まぁ、それは良いとして…なんでソイツも居るわけ?」
サングラスを上げて、ナナシの斜め後ろに立つ男を軽く睨みながら尋ねる。
「一人じゃ寂しいから、ジェイミー誘いました!」
「今日一日、二人で遊ばせてもらうぜ?」
「ふ〜ん、あっそ」
わざとこちらを煽るような物言いをしてくる。乗るな、乗るなと、自分に言い聞かせて、軽く受け流す。
それはそれとして、もう一つ気になることがある。
「ってかナナシ、」
「はい?」
「その水着、俺が選んだやつだよな?」
「はい、そうですね」
白と緑を基調とした大柄の花が描かれたホルターネックのビキニ。せっかく彼女に似合うと思って選んだのに。全く悪びれたふうのない返事が返ってきて、思わず眉間に皺が寄る。
「俺が最初に見たかったんだけど…」
ボソリと呟くと、ナナシはハッとしたように目を見開いて、申し訳なさそうに眉をハの字にした。
「すみません、そこまで気が回らなくて…」
「…まぁいいや。とりあえず今日一日Tシャツ着とけ」
ライフガードの仕事で着ている水着の日焼け跡が覗く肌。独り占めしたかった水着姿。隣に他の男がいる状態で、常に晒しておいてほしくはない。
「え、嫌ですよ。せっかく海に来てるんですから」
俺の気持ちなんて露知らず、彼女は海を満喫したいらしい。もやもやした気持ちが膨らんでいき、眉間の皺が深くなる。
不満げにナナシを見ていると、ふとサンオイルの香りがするのに気付いた。気になる点がもう一つ増えた。
「ナナシ、サンオイル塗ってる?」
「はい、塗ってますけど」
急に変わった話題にキョトンとしている。ぱちぱちと瞬きする瞳は、太陽に照らされて透き通って見えた。
しかしながらその返事、なかなかいただけない。まさかと思いつつ彼女に尋ねる。
「背中は?」
「ジェイミーに塗ってもらいました」
さも当然のように返された。反射的にナナシの隣にいる男を勢いよく睨みつける。
「てめぇ…!」
「まぁまぁ落ち着けって」
両手を前に出し、こちらを落ち着かせようとするジェスチャーを取る。もやもやはイライラに変わっていく。
「先輩、そんなに怒らないでください。ジェイミーとはそういうんじゃないから大丈夫ですよ」
「そういうんじゃないって…俺たちだって昔はそうだっただろ!」
俺たちだってあの時までは、男だとか女だとか、そういうのを意識したことはなかった。けれどそんなもの、ちょっとしたきっかけで変わってしまうものだってことは、身を持って体験している。
「でも今の私には先輩がいるから大丈夫ですよ」
「お前が大丈夫でも、向こうは分からないだろ」
「生憎、他に男がいる女に手ぇ出すほど困っちゃいねぇよ」
「ほら、大丈夫じゃないですか」
いくら大丈夫だと言われたって納得できるわけもない。そもそもナナシの肌に、紐一本しかないほとんど裸の背中に、誰であれ他の男がベタベタ触れたという事実がまず許せない。
「とにかく!塗り直すときは俺んとこ来い!絶対だぞ!!」
「はーい」
素直な反応にひとまず安心するが、眉間の皺はしばらく取れそうにない。
「それじゃあ遊んできますね!ジェイミー行こう!」
「おう」
ナナシは足を取られる砂浜をものともせずに、楽しげに駆け出していった。程よい肉付きでバランスの取れた四肢が自由に動き回る。
「まぁ、悪い虫がつかないように見といてやるよ」
「……そんなの当たり前だろ」
去り際に一言、俺に向かって放たれた言葉。イラッとするが、今回ばかりはコイツに任せるしかない。
太陽の反射する海へと真っ直ぐに駆けていくナナシの後ろを、ゆったりと歩いていく男の後ろ姿を見て、嫉妬と、苛立ちと、ほんのちょっぴり僅かで消えそうなくらい小さな、感謝の念を抱いた。