※ifの世界線
一目見たときから彼女に惹かれていた。真っ直ぐな意志の宿った、強気な瞳が綺麗だと思った。
彼女は同僚として俺を慕ってくれた。戦場では背中を預けあって、なんてことない日々にはくだらないことで笑いあって。
本当はそんな関係から一歩踏み出したかった。けれど怖くてできなかった。惚れた女に「好き」と言うことすらできないなんて、情けない男だ。
軍を辞める時には彼女の存在に後ろ髪を引かれた。辞めたあとも、未練がましく連絡を取り続けた。自分のエゴのためだけに彼女を会社に引き入れ、また以前のように同僚の関係に戻った。同じ空間にいられるだけで十分だと思っていた。そう思いたかった。
「へへっ、もーらいっ」
「あーずるい!ください!」
最後の一枚のクッキーを彼女から遠ざける。いつもの戯れだ。俺の腕に胸が当たるのも気にせずに彼女は手を伸ばす。これだっていつものことだ。男だとか女だとか、そんなものは俺たちの間にはないと彼女は思っている。
いつものことだ。いつだってそうだった。だからなんてことはないはずなのに。何かの糸がふつりと切れた。特別なきっかけなんてなかった。
視線を落として、遠ざけていた腕を膝の上に下ろす。すかさず彼女の手がクッキーを奪い去る。右側から満足げな笑い声が聞こえる。ふっと彼女の顔を見つめた。俺の表情に違和感を感じたのか、不思議そうな顔をされる。右手をまわして彼女の頭を捕らえ、唇を重ねた。時が止まる、というのはこういうことかと思った。
唇を離すと、彼女はその綺麗な目を丸くして驚いた顔をしていた。それから、俺の顔を見て困惑した表情を見せた。動揺から視線が左右に揺れる。
「先輩?」
彼女はおずおずと、けれどもきちんと俺の目を見て呼びかけた。何かの冗談であれ、きっとそう思っていることだろう。けれども冗談ではないことを彼女も理解してくれている。俺は何も言わずに彼女の髪を撫で、再び顔を寄せた。
しかし唇に触れる前に顔を逸らされる。望んでいた唇ではなく頬に口づけた。拒絶された。虚しさと、得体のしれない何かが胸をかき乱し、ぐっと奥歯を噛みしめる。頭にまわした腕を一度ソファの背もたれまで遠ざけた。
「えっと、私帰りますね」
せっかく手にしたクッキーをテーブルにそっと置いて、こちらを見ないまま気まずそうに彼女は言った。嫌だ、逃したくない。立ち上がろうとする彼女の肩をがっしり掴んで背もたれに押し付け、自身も彼女に跨がる。
「っ先輩!」
焦ったような声。僅かに恐怖の滲んだ瞳。もう一度口づけようと顔を近付けても、先程と同じように顔を逸らされて叶わない。胸の中がどんどんぐちゃぐちゃになっていく。
耳にキスをすると、力強く肩を押されて抵抗された。けれどその力は俺を押しのけるには足りず、功を奏することはない。そのまま強引に首筋にキスを落としていく。
「先輩、やだ、やだっ」
聞こえないフリをする。つ、と首を舐めると、びくんと彼女の体が跳ねた。嬉しかった。そのまま舐めていくと、段々と呼吸が荒くなってくる。
「やだっ!」
勢いをつけて肩を押されるが、それも大して意味をなさない。首元に顔を埋めたまま、Tシャツの下の素肌に触れた。腰、腹と手を滑らせて、柔らかな胸に触れる。びく、と目の前の体が震える。
以前のやり取りを思い出す。家にいる時と同じでいいですか、だなんて、部屋着に着替えた彼女はいつも下着をつけていなかった。ノーブラでも良いですか?なんて呑気に尋ねてきた彼女は、やっぱり俺のことを何とも思っていなかった。
「いや、やだ、」
肩を押すのを諦めたのか、服の中に忍び込む俺の腕を両手で掴んで止めようと試み始めた。けれど、それだって俺にとっては意味をなさない。意に介さず、やわやわと胸に力を加えた。
首元から顔を上げると、彼女の目は恐怖に染まっていて、ポロポロと涙をこぼしていた。俺は最低なことをしている。そんなことは分かっている。
唇を寄せようとすると顔を逸らされる。彼女の頬は涙の味がした。
胸の頂に指で触れる。幾度か優しく撫ぜると、はっ、と息を漏らして体を震わせた。しばらくそうしていると、荒い呼吸に紛れて、抑えきれない声が聞こえるようになってくる。彼女は俯いて、俺の腕をぎゅっと握って引き剥がそうと足掻いていた。
「っは、ぅ、ゃだ、」
片手でTシャツをめくり上げる。綺麗な素肌が晒される。胸に吸い付くと、頭を掴んで、どうにか遠ざけようとしてくる。邪魔をする彼女の両腕を取って顔を上げ、涙の浮かぶ双眸を真っ直ぐに見つめた。そして、彼女の両腕を力の限りに強く握りしめる。力では叶わないことを示しておきたかった。宝石のような瞳が涙に揺れる。程なくして俺よりも随分と細い両腕からくたりと力が抜けた。彼女の手を開放すると、だらりと体の横に落ちていった。再び胸に顔を埋めても、拒絶する両腕はもうそこにはない。びく、びく、と震える体が愛おしい。
場所を変えるために彼女を担ぎ上げる。すると、チャンス、と言わんばかりにじたばた暴れられたが、これもまた特に意味のないものとなった。ベッドの上に優しく寝かせる。
彼女は体をひねってベッドから抜け出そうとした。肩をひっつかんで仰向けに押し付け、馬乗りになる。彼女の両肩に力を乗せて顔を覗き込む。ぽろりと涙が溢れ出す。彼女の瞳に反射するのは、悪魔のような荒々しい男の目だった。
もう一度キスをしようと試みたが、やはり顔を背けられて叶わない。心が痛い。
気を紛らわせたくて、首筋に顔を埋めた。キスを落とす頭を両手で掴まれるが、先程同様に両手を強く握ると抵抗はなくなった。首元へのキスで自分の心を慰める。
体を彼女の足元に移動させた。ショートパンツに手を伸ばすと、鋭い蹴りが飛んできた。どん、と胸で受け止める。顔を狙った一撃は手で受け止めた。再び体を捩って逃げようとする彼女の腰をがしりと掴み、今度は足の方を向いて馬乗りになる。
「やだっ、やだ、」
涙声で訴える彼女の言葉は無視をする。足をバタつかせて抵抗されたが、無理やり服を脱がせた。脚の間を守るものがなくなった彼女はどうにか脚を閉じようとしていた。しかし、太ももの隙間からいとも簡単に手は入る。そっと秘部に指で触れると、一際大きな声で拒絶された。違う、そんな言葉は聞きたくない。胸の内が引き裂かれる。
敏感な部分を軽く押しつぶすようにくりくりと触れた。一瞬甘い声が出てきたが、すぐに我慢するように吐息に変わる。時折、堪えきれなかった声が背中にぶつかった。もっと声を聞きたい。もっと乱れた姿を見たい。
俺の下にある体はびくびくと震える。入り口に指を添えて、ゆっくり挿入した。中はまだ十分に濡れているとは言えず、慎重に出し入れを繰り返す。しばらくすると滑りが良くなり、くぷ、と音を立てるまでになった。彼女の好いところを探って指を動かす。びくんと体が跳ねた所を刺激してやると、閉じられたままの脚ががくがく震えて、後ろから艶めいた声が聞こえた。
Tシャツを脱ぎ捨てて、彼女の脚を無理やり開かせる。脚の間に体をねじ込むと、再び彼女は体を反転させて逃げようとした。太ももを捕らえて阻む。彼女は諦めた態度を取るときもあるが、隙きさえあれば逃げようともする。満足にズボンを脱ぐ余裕もなくて、仕方なしにずり下げるだけに留めた。濡れた入り口に自身をあてがう。
「やだ、せんぱいっ、やだ!」
脚を抱えられたままで、ドンドンと俺の背中を踵で蹴り、身を捩って必死に逃げ出そうととしている。俺にぶつけられる言葉も行動も、全てに目を瞑ってそのまま挿入した。温かい体温に包まれる。ぎゅうっと中が締まり、俺を受け入れてくれているような気がした。
ゆっくりと優しく腰を動かす。彼女は片手を後ろについて体を起こし、拒絶の言葉と共にもう片方の手で必死に俺の肩を押した。ぎゅっと瞑られた目からは絶え間なく涙が流れてゆく。それに気付かないフリをして、独りよがりな行為を続けていった。
やがて、拒絶する言葉の勢いも、肩を押す力も弱くなっていき、ついにはどちらも消えてなくなった。閉じられた瞼が開かれる。輪郭の滲んだ2つの宝石が俺を見る。すべてを諦めた目をした彼女は再び目を閉じると、そのままぱたりと後ろに倒れ込んだ。彼女の目に俺はどう映ったのだろうか。人の形を留めていたのだろうか、それとも牙を剥いた化け物にしか見えなかったのだろうか。
「はっ、は、ぁ、」
目元を腕で隠した彼女はただ熱い息を吐いていた。時折かわいらしい声が交じる。俺の手によって、びく、びく、と体を震わせるのを愛おしいと思った。抱えていた脚を下ろす。もう蹴飛ばされることはない。
顔を隠す腕をそっとどけて、口づけしようと顔を寄せる。再び、ふい、と顔を背けられた。胸の内が鋭利な爪で掻きむしられる。
何度キスをしようとしても、結果は同じだった。千切れそうな心臓はそれでもまだドクドクと早鐘を打つ。唯一、俺を優しく包み込む中が、俺を拒絶せずにいてくれた。そんなの幻想にすぎないことも分かっていた。けれど、たとえ幻想であっても嬉しかった。
少し動きを早める。それに合わせて彼女の呼吸は更に乱れてゆく。
「ぅ、ふっ、」
絶頂が近いのか、様子が少し変化する。そのまま導くように一定のリズムで突き上げた。達するのを我慢するかのように、はぁはぁと必死に息をしている。しかしそんな些細な努力は実ることはなく、やがて高い声を上げて、体を跳ねさせた。中がぎゅうっ、ぎゅうっと締まる。俺も限界を迎え、彼女の中で吐精する。締め付ける間隔が段々とゆっくりになってきたのを確認して、彼女の中から自身を引き抜いた。
キスがしたくて顔を寄せる。
「さわらないでください」
頭を軽く手で避けられて、言葉で突き放される。何も言えずにただ体を離すことしかできなかった。彼女は呼吸が整わないままに、こちらを見ることなく服を拾って軽く身なりを整え、寝室から出ていった。しばらくして、バタンと玄関のドアが閉まる音がした。
こんなことするはずじゃなかった。傷つけるつもりはなかった。信頼を裏切って、最低なことをして。今更何を思ったってただの言い訳にしかならない。膝を拳で思い切り殴りつける。
これで彼女との関係は終わってしまった。嫌だ、終わらせたくなんかない。どこまでも独りよがりの汚い願いを抱き続ける。謝るべきだろうか。いや、この出来事はなかったことにしたい。俺にできる唯一のことは、明日もいつも通りに挨拶をして、一日を始めることだけだ。それはきっと不誠実なことだ。だが、それだけが今まで通りの関係を維持する方法だと思った。
次の日の朝、いつものようにオフィスで彼女と顔を合わせる。
「よっ、おはよ」
片手を上げて、いつも通りの挨拶をした。彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべていつもの調子で挨拶を返してくる。
「おはようございます」
そこからはいつも通りに軽く雑談をして、別れる。彼女はまだ俺を見限ったわけではない。それが嬉しかった。これ以上、信頼を裏切らなければ、きっとこれからも今まで通りにいられる。だから、いつも通りに過ごせばそれで良い。それで全てがうまく行くはず。
「今日うちに来ないか?」
ランチ中に、いつも通りに遊びに誘う。彼女は一瞬身構えたようだったが、すぐにいつもの笑顔で頷いた。
この前の出来事がまるで悪い夢だったかのように、その日はいつも通りだった。けれど、一つだけ違ったのは彼女が部屋着に着替えなかったこと。変わらないはずの関係に、僅かな溝ができていた。
それでもしばらくは、今まで通りの日々を過ごした。彼女が俺の家に入り浸って、一緒に遊んで、飯を食って、笑い合って。俺の望んだ通りになった。それで良かった。良かったはずなのに。
なぜだかまた、ふつりと糸が切れてしまった。彼女にキスをしようとして唇を寄せると、顔を背けられる。恐怖に染まる彼女の瞳、頬を伝う涙。力任せに彼女を背もたれに押し付ける。
「先輩、なんで…」
「こっちは最初っからそのつもりで呼んでんだよ」
違う、そんなつもりではなかった。いつも通りただ一緒に過ごせれば良いと思っていただけだ。けれども口から出たのはそんな言葉で。どちらが本心なのか俺自身にも分からなかった。
俺の裏切りに、彼女の双眸は絶望に染まる。彼女が俺に伝えてくるものすべてを無視して、あの日と同じに、嫌がる彼女を力ずくでねじ伏せた。
こんなことをするはずじゃなかった。こんなことがしたいんじゃない。傷つけたくない。こんなことをしたって愛してもらえないことなんて分かっている。それなのに俺は繰り返した。自分で自分が分からない。コントロールできない。髪をぐしゃぐしゃに握りつぶして、うなだれる。頭も胸の中も苦しいで溢れている。
それでも、こんな最低なことを繰り返して尚、彼女との関係を失いたくなかった。いつも通りを取り戻したかった。だから、俺にできることはこの前と同じ。明日の朝もいつも通りに振る舞うことだけ。卑怯で臆病な俺は謝ることはできない。だから、そうすることしかできないんだ。