※ifの世界線




「よっ、おはよ」
「おはようございます」

 オフィスで先輩と顔を合わせた。昨日のことなんて、その前のことなんて、まるで悪い夢を見ていただけと思わせるような、いつも通りの挨拶だった。
 私もいつも通りに挨拶を返す。きっといつも通りにできていたはずだ。

 先輩はとても手酷い方法で私の信頼を2度も裏切った。怖かった。悲しかった。苦しかった。それでもやっぱり、先輩がこんなことをするはずがない、という思いは消えず、信じたい気持ちは変わらなかった。あんなにも酷いことをされたというのに。
 先輩はただ、自分を見失っていただけなんじゃないかと思う。もしかしたら原因は私にあるのかもしれない。いずれにせよ、本心でやりたかったことだとは思えなかった、思いたくなかった。
 いつも通りに軽く雑談をして、別れる。あんな出来事は全てなかったことにしたかった。そうすれば、今まで通りに一緒に居られると思ったから。あんなことは忘れてしまって、今までのくだらない日常を取り戻したい。




「今日うちに来ないか?」

 ランチ中に、いつも通りに遊びに誘われた。また酷いことをされるかもしれない。そんな考えも頭にはあるが、それでもまだ先輩を信じたかった。先輩と一緒にくだらないことで笑い合うのは楽しくて、失いたくない日常だ。先輩の誘いにはいつもの笑顔で頷くことができたと思う。
 ――こっちは最初っからそのつもりで呼んでんだよ
 昨日も同じように誘われて、裏切られた事実は忘れたことにしたし、酷いことをされた次の日に生じるこの緊張感も、やり取りも、2度目であることには目を瞑った。

 昨日や、それよりも前の出来事が幻だったかのように、その日の先輩の家での過ごし方はいつも通りだった。身体的な接触を極力しないように気をつけてはいたが、違ったのはそれだけだった。やっぱり先輩は信頼できる人だ。



 それからしばらくは、今まで通りの日々を過ごせた。先輩の家に入り浸って、一緒に遊んで、ご飯を食べて、笑い合って。今度こそ元に戻れたと思った。嬉しかった。安心した。そうだったのに、それなのに。

 急に先輩の雰囲気が変わった。前触れなんてなかった。キスをしようと真剣な顔が近付いてくる。嫌だった。先輩はそんなことしない。顔を背けて拒否する。またあんなことをされるのだと思うと怖くて体が強ばった。勝手に涙が頬を伝う。今回も逃げる隙なんてなくて、力任せにソファの背もたれに押し付けられた。
 もう、何も言う気も起きなかった。顔や肩を押し返そうとすら思わなかった。過去の2回から学習した。言ったって、何をしたって、こうなった先輩には聞き入れてもらえない。ただ怖くて、悲しかった。
 首筋に唇が触れ、軽く肌を吸い上げられる。ぴくんと体が跳ねて吐息が漏れる。意味はないかもしれないけれど、せめてもの抵抗として、声を出したくはなかった。首に顔を埋められて、腰から脇腹をゆっくり撫ぜられる。はぁはぁと息を吐き出すことでどうにか誤魔化す。
 先輩の手が背中にまわり、ブラのホックを外された。そのまま手が体を滑ってゆき、ブラの隙間から直接胸に触れられる。やわやわと優しい力で揉まれる。先輩の顔が唇に近付いてくる。顔を背ける。頬にキスをしたあとの先輩は、瞳をゆらゆらと揺らして、何か大きな感情を堪えているようだった。

 やがて、これまでと同じように肩に担がれると寝室へと連れてこられた。ベッドに寝かされるのはこれで3度目だった。逃げようとしたって力ずくで引き戻されるだけだということは分かっている。だからそれもまた諦めて、大人しく横になっていた。怖くて涙がこめかみを伝う。
 Tシャツを脱いで私に覆い被さった先輩は、またキスをしようとした。顔を逸らして拒絶した。私にできる数少ない意思表示だ。私を見つめる先輩の目は、何と名付けて良いのか分からない感情で満たされている。
 Tシャツとブラを鎖骨の辺りまでずりあげられる。先輩は胸に顔を埋めて、片方の頂点を舐めたり軽く歯を立てたりし、もう片方の頂点は指で摘んだり撫でたりした。

「っは、ぅ、」

 声を出したくなくても、堪えきれずに漏れてしまう。どんなに怖くとも、気持ちいいものは気持ちいいらしい。そんな自分が情けなかった。どうして、何がいけなかったんだろう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 胸元から顔を上げた先輩は、再び顔を寄せてくる。もう何度目かも分からない。横を向いてやり過ごした。頬に唇が触れる。その唇の感触にも慣れてきてしまっていた。

 先輩が足元に移動した。脚を開かされて、その間に陣取られる。されるがままに服を脱がされた。蹴飛ばそうと暴れたって無駄なことはすでに思い知らされている。顕になった秘部を指が何度か撫でてゆく。入り口の上の突起に触れられると、びくんと体が跳ねた。

「ふっ、ん、」

 押し転がすように触られると、快感が溜まって、思わず声が零れる。しばらくそのまま触られていると、脚がガクガクと震えだし、呼吸はどんどん荒くなってゆく。恐怖と快感から溢れる涙が止まらない。
 達する前に指は離れて、入り口から中へと入ってきた。そこはまだ十分には濡れていなくて、少し痛い。それでも、ゆっくりと出し入れを繰り返されると中は勝手に濡れて、スムーズに指が動くようになっていた。

「っぁ、っは、」

 好いところを探るような動き方に変わり、ある一点に触れられると、思わず声が零れて、中がぎゅっと締まる。その変化を先輩には見逃してもらえず、そこを優しく押し上げられる。気持ちいいが膨らんでゆく。吐息で快感を逃すようにしながらその刺激に耐えていると、やがて指は中から出ていった。
 足元で先輩が服を脱ぐ気配がした。入り口に熱く硬くなったものを押し当てられる。挿入されるのは、ただ触れられることの何倍も怖かった。体は強ばり、涙は絶えず落ちていく。快感ではなく恐怖心から呼吸が荒くなる。目元を腕で隠し、ぎゅうっと目を瞑り、次にやってくるであろう衝撃に備える。私を落ち着かせようとしたのか、先輩は幾度か腰を撫でたが、体はただ力むだけだった。

「はっ、はっ、」

 ず、ず、と熱いものが中に入ってくる。いやだ、いやだ、怖い、悲しい。苦しい。涙が止まらない。中がどんどん一杯になってゆく。奥まで入って、そこから更に押し上げられる。ゾクゾクとした快感を覚えた。
 先輩は私に覆い被さり、またキスをしようとしてきた。いやだ、キスなんてしたくない。セックスなんてしたくない。背けた頬に触れる唇。もう、何もかもが嫌だった。
 先輩はゆっくりと動き始める。中が擦れる。怖い、悲しい、辛い。苦しくて仕方がない。溢れそうになる声は必死に我慢する。1秒でも早く終わってほしかった。終われ、終われ。

 でも、その時ふと、思ってしまった。どうして私は先輩を受け入れないんだろう、と。先輩のことは信頼している。だったら受け入れてしまえばいい。そうすれば裏切られたと思うこともなく、こんなに苦しい思いもしなくて済む。
 受け入れてしまえ。頭の中で声がする。そうだ、そうすれば楽になれる。受け入れてしまえ。声は何度も繰り返される。そうだ、そうすることが私にとっても、先輩にとっても、きっと幸せなことになるはず。
 頭の中の声に身を委ねた。堪えていた声が、堰を切ったように溢れ出す。ほら、受け入れてしまえば恐怖なんて感じない。先輩を愛しいと思える。そうだ、これでいい。

「あっ、ぁ、」

 私の変化に気付いたのか、先輩が驚いたような顔をする。

「ナナシ?」

 私を覗き込む先輩を荒い呼吸のまま見返す。熱に浮かされたような瞳の中に、いつもの先輩の片鱗を見た。先輩は恐る恐るといった様子で、ゆっくりと顔を近付けてくる。キスだ。私はそっと目を閉じて唇を受け入れた。
 触れた唇が離れてゆく。瞼を上げる。嬉しそうに目を輝かせ、興奮したような先輩がそこにはいた。再び顔が近付いてくる。何度も何度も、求めるようにキスをされた。やがて舌と舌が触れ合う。そうしてたくさんのキスをして、ようやく唇が離れた。
 おでこと鼻がぶつかる距離。先輩は何かを確かめるようにしばらくそのままでいた。再び軽いキスが降ってきて、それから顔が離れる。

 そのまま行為は続いた。求めて、求められて。少し前までとは全く違うものになっていた。そうだ、これでいい。先輩の動きが早くなる。限界まで快感がせり上がってくる。やがてそれは頂点に達して、ありったけの快楽を乗せた声と共に体が跳ねた。先輩も息を詰めて、達したようだった。
 ずるりと先輩が中から出ていく。おでこに貼り付いた髪をかき上げられ、額にキスが降ってくる。そしてそのままの流れで唇にもキスはやってきた。

 私の横に先輩も体を横たえる。青い瞳がじっと私を見つめる。その目はとても優しくて、幸せに満ちていた。先輩はもう一度優しいキスをくれた。

 ほら、やっぱりこれで良かった。これでよかったんだ。