「先輩」
「ん?」
「アイス、3段行けると思いますか?」
30種類はあるであろうか、色とりどりのアイスのショーケースを前に、真剣な表情でナナシは問いかけてくる。せっかくだからと食い意地を張って、たくさん食べたいのであろう。でもここは現実を伝えてやるのが優しさだ。
「んー、でも今日は暑いから3段だと途中で溶けるんじゃないか?」
案の定、俺の言葉を受けて残念そうに眉が下がる。
「やっぱりそうですよね…2段にしようかな」
そう言って気を取り直したのか、並べられたアイスたちを食い入るように見つめ始めた。
「あ、そうだ。先輩、私と違うの選んでもらえませんか?交換しましょう」
ナナシはとても素敵で良いことを思いついたと言わんばかりに、ぱっと輝く表情で俺を見上げる。
「いいぜ」
俺の返事を聞くと、子どものように無邪気な顔で笑ってから、再びショーケースに視線を戻した。
さて、何にしようかな、なんて考えながら俺もアイスたちを眺める。ちらりと横を見ると、真剣な眼差しでナナシがアイスを吟味していた。甘い物好きな彼女らしくて、なんだか微笑ましい。
さっとひと通り眺めてから注文するものを決めた。
「よーし、俺は決まったぜ」
「え、もうですか。もうちょっと待ってください…!」
「ゆっくり選んでいいぞ」
目を丸くして焦ったようなナナシに一言添える。急かすつもりは全くなかった。
「ちなみに何にするんですか?」
「オレンジシャーベットとチョコレート」
「わぁ美味しそう…!絶対ひとくちくださいね!」
「分かってるって」
それから彼女はしっかりテイスティングもしつつ、ケースの中のアイスと真剣に向き合っていた。やがて意を決したようにこちらを振り向く。
「決めました!」
「何にすんの?」
「キャラメルとベリーにします!」
どちらもがっつり甘い系のチョイス。さすがだなぁと思った。まだ何を頼むか決めただけだというのに嬉しそうな顔をしている彼女を見て、思わず頬が緩む。
ショーケースの向こう側で待っていた店員に二人分の注文をする。レジでお金と引き換えに現れたアイスを受け取ったナナシは、まるで宝物を手にしたかのように目をキラキラと輝かせていた。
店の外に出て、海沿いを散歩しつつアイスを堪能する。シャーベットは思った通りさっぱりしていて食べやすい。チョコレートは中々に甘ったるいが、チョコの欠片の食感が楽しい。この2つの味の濃淡、オランジェットみたいでなかなかバランスがいいかもしれない。
そんなことを思っていると、店を出てからさほど時間は経っていないにも関わらず、早くもアイスの外側が液体になり始めているのに気付いた。のんびり食べている暇はなさそうだ。
「先輩、ひとくちください!」
「ほらよ」
ある程度自分のアイスを味わったらしい彼女からおねだりをされる。立ち止まってカップを彼女の方へ差し出した。彼女も俺の方へとカップを差し出す。
ナナシはオレンジのシャーベットをひとくち掬って口に運んだ。自然と広角が上がり、ニコニコと幸せそうな顔をしている。俺も彼女の手の中のキャラメルのアイスをひとくち掬った。ちょっとした意地悪をしたくて、彼女よりも大きなひとくちだ。
「あー!先輩、それひとくちじゃないですよ!」
「ひとくちはひとくちだろ」
口の中でキャラメルのフレーバーが溶けていくのを感じながら言葉を返す。
「もうひとくちください!」
むっとした様子の彼女は再び手を伸ばしてシャーベットにスプーンを差し込む。掬ったのは先程と同じくらいの量だ。
「じゃあ俺ももーらいっ」
俺も同じく手を伸ばしてアイスを掬った。俺だってもちろん先程と同じ、彼女よりも多い量。
「先輩!それじゃ意味ないじゃないですか…!」
ナナシは口をへの字にして不満そうにしている。仕方なしに自分のカップからシャーベットを山盛り掬ってやる。
「ほら、あーん」
彼女の口元に差し出すと、一気に表情が変わってぱぁっと顔が輝く。雛鳥のように大きく開けられた口にスプーンを差し込む。ぱくりと口が閉じられたのを確認して、少しの抵抗力を感じながらスプーンを引き抜いた。空になったスプーンと満足そうな彼女を見て、こちらも満たされた気持ちになる。
アイスはもう一種類残っている。きっとまた同じやり取りが行われるだろうなぁなんて思いつつ、半分に減って、少し溶けて柔らかくなったオレンジ味を再び口にした。