ひまわり畑の中。つばの大きな麦わら帽子に、太陽の光で輝く白いワンピース。ふわりと彼女がこちらを振り返る。
 夏の日差しや、それらを反射するワンピースだけでなく、彼女の笑顔もキラキラと眩しい。ありきたりな感想だが、心からそう思った。


 今日のデートに際して、ナナシは朝から張り切っていた。「夏の儚いお嬢さま風です!あるいはお花の妖精です!」だなんて言って、楽しそうにしながら選んでいたコーディネート。
 動きやすさ重視の服装を好んでいる彼女にしては珍しいテイストで、新たな一面を見れた気がして嬉しくなる。
 彼女が選んだ、穢れを知らない純白のワンピースを見るのは初めてだった。この日のために買ったのだろうか、なんて想像して、更に嬉しい気持ちになる。


 太陽と同じ色をした花たちに包まれながら、その中に佇む一輪の白い花のように清らかな彼女は魅力的だった。儚くもあり、透き通った純潔さがあり、目を離した途端にどこかへ消え去ってしまいそうな危うさがあり。彼女を手放さずに自分の手元に置いておくにはどうしたらいいだろう、そんなことを考えさせられる。

「先輩、かくれんぼしましょう!」
「かくれんぼ?」

 両手を後ろにまわして、ちょこんと首を傾げながら見上げられる。どこにも行かせたくない、そう思った矢先にかくれんぼの提案だ。彼女が俺の手を離れてどこかへ行ってしまう。正直、嫌だった。手を繋いで、ここら一帯の太陽の海に共に沈みたい。けれどもナナシは子供のように目を輝かせていて、頭ごなしに否定するのも気が引けた。

「先輩が鬼ですよ」
「お前の背丈じゃ隠れちまって見つけられねぇよ」
「そこは愛の力で見つけてください」

 そんなことを言ってケラケラ笑う。見た目はいつもと違っても、中身はやっぱりそのままだ。愛の力で見つける、か。愛の力があれば、ナナシはずっとずっと、俺の手を離さず握っていてくれるのだろうか。俺の元に居てくれるのだろうか。

「じゃあ10……、だと足りなさそうなので、30数えてください!覗いちゃだめですよ」
「わかってるって」

 目を閉じて、口には出さずに数えだす。足音と気配でナナシの向かった大まかな方向は分かる。けれど、さすがにある程度の距離が離れてしまうとそれを把握するのは難しくなった。
 ……28、29、30。太陽により瞼の裏に出現した、血液色の世界に別れを告げる。眩しい光に目が焼かれそうになる。でも、それくらいのことで彼女を見失うわけにはいかない。

 まずは彼女の向かった方向へと足を進めた。しばらくこの道をまっすぐ走って、途中で脇道に入ったはずだ。問題はどこをどちらに曲がったか。地面に形跡がないか確認をしつつ進んではいるが、それでもダメなら勘に頼るしかない。

 結局、足跡は当てにならず博打で進むことになったが、そこは元より気が合う者同士、難なくビンゴを達成する。大して迷うことはないまま見当をつけることができた。まだ距離はあるものの、ナナシを感じることができて少しばかり安堵する。
 この区画の外周にいるのは確実だった。気配で分かる。しかし、彼女も俺がいるのに気付いているのか、俺が移動するのに合わせて移動している。
 かくれんぼって、移動するのはありだったっけ?そんなことを思いながらナナシの気配を小走りで追いかける。けれど向こうも巧みに逃げる。もはやかくれんぼというより、鬼ごっこだった。

 しばらくそのまま狩りをしようと試みたが、いつまで経ってもいたちごっこで埒が明かない。彼女にヒントを与えないように極限まで気配を消した。それを感じ取ったのか、ナナシの気配もすっと消える。緊張が走る。さぁ、左右どちらから攻め入るのが正解か。
 俺が選んだのは自分から動くことではなくて、自分の影がひまわり畑に伸びる曲がり角にて息を殺して待ち受けること。けれど、さすがに彼女も影の位置を気にして動くに違いない。ナナシも同じように影が見えない位置を陣取って動かないのか、それとも俺が動いていると読んで、影には気をつけつつも姿を現すか。
 ただの遊びなのに、なぜこんなにも真剣になっているのだろう……だなんて考えも徐々に浮かんできたが、このゲームは俺がナナシを見つけるまで終わることはない。向こうが意地を張って本気になるなら、こちらもそうせざるを得ないのだ。

 どれくらい経ったのだろうか。とても長い時間、炎天下に晒されていた気もするが、体感するよりはきっと短い時間なのだろう。しびれを切らして動きたくなるのをぐっと堪えて、曲がり角を睨みつける。
 ちらりと麦わら帽子のつばが見えた気がした。考えるよりも先に角から飛び出して、白に輝く姿を目で捉える。声は出さずに、はっと驚く顔。そのまま飛びかかって、俺が下敷きになるように体を捻って倒れ込む。咄嗟のことだったが、無意識のうちに彼女のまっさらな輝きを曇らせたくはなかったのだと思う。顔の横に、はらりと麦わら帽子が落ちてきた。俺のキャップもつばが地面と干渉してぽとりと脱げる。

「へっへー、みーつけたっ!!」

 ようやく俺の腕の中に収まった可憐な花。もう離さないと言わんばかりに、ぎゅうっと強く抱きしめる。

「どう?俺の愛の力」
「苦しいです…!」
「ちゃんと見つけられたぜ?」

 体にかかる重みと腕の中の体温をしみじみと味わう。見つけることができただけでなく、抱きしめる腕の強さも俺からの愛だと思ってほしい。たとえそれが苦しかったとしても、だ。

「先輩、」
「ちょっとだけ、我慢できるか?」

 苦しそうに胸をぽんぽんと叩かれたが、まだしばらく離したくはなかった。もう少しこのままでいたい。うだるような日差しの熱さも、背中に移る地面の熱さも。すべてが気にならないくらいに彼女を感じたかった。閉じ込める力を更に強める。
 俺の言葉を聞いたナナシは、何も言わずにそっと俺の両肩に手を添えて、力を抜いてその身を委ねた。胸に擦り寄る柔らかな頬も、彼女のすべてが愛おしい。どうして今日はそんなことを強く思うのだろう。きっと、いつもそこに在っても目立たないようにしていた、彼女の清らかさと、儚さを目の当たりにしたせいだ。

 しばらくそのまま、二人で地面に倒れ込んでいた。どくんどくんと体に彼女の鼓動が伝わる。ナナシは生きている。俺の腕の中にいる。どこかに隠れたり、離れていったりなどしない。その事実を噛みしめる。
 そうして静かに時は流れた。やがて体を起こして、二人分の帽子を手に取り、立ち上がる。彼女に手を差し出して立ち上がらせてから、自分の帽子を被り直し、彼女に向き合う。

「服、汚れてないか?」
「はい、大丈夫そうです」

 下を向いてワンピースに軽く目をすべらせた彼女はそう言って微笑んだ。俺もさらっと眺めてみるが、汚れた形跡はなさそうだった。白は白のままだ。
 ナナシの麦わら帽子を彼女の顔の横に持っていき、向日葵と帽子の間でそっと、ゆっくり、キスをする。キスが終わって目の前に現れるのは、向日葵たちも残らず彼女を見つめるに違いないと思わせるような、太陽みたいな笑顔。けれどそれは夏の強い日差しではなくて、春に降り注ぐ優しい温度の光。温かい気持ちを噛み締めながら、ぽすりと麦わら帽子を被せると、ナナシは前髪を軽くいじって整えた。

 生ぬるく、けれども優しい風が彼女のスカートをひらりと揺らし、ナナシは片手で麦わら帽子を押さえる。夏の儚いお嬢さま、あるいは花の妖精を自称するに相応しい光景だった。
 太陽はじりじりと全てを照らす。太陽に焦がれる花たちは空を見つめる。俺が焦がれるのは目の前の真っ白な花。ナナシはこの広いひまわり畑の中で、一番キレイに輝く花だ。