まだまだ意識は暖かな闇の中。左側からなにやら視線を感じる。それは逸らされることなく、ただひたすらにこちらを見ていて、私の意識をそろりそろりと引き上げてくる。
 ゆっくりと目を開けて、また閉じた。そうしてもう一回、目を開ける。視線の先には毎朝そこに在る青色。とても優しい色。何も言わずに、ただじっと見つめ合う。
 そんな時間がずっと続くのかと思いきや、先輩が身を乗り出して私に顔を近づけた。そして、そうっと穏やかなキスをする。それから先輩は私に覆いかぶさるようにして、頬を重ね合わせた。頬を頬で撫でられるが、正直痛い。すりすりではなく、ざりざりだ。甘くて緩やかな雰囲気は霧散する。

「先輩、朝は頬ずりやめてくださいって言ってるじゃないですか」
「ケチくさいこと言うなよ」
「ヒゲがあたって痛いんです。たぶん先輩の思ってる3倍くらいは痛いですよ」

 3倍というのは正直適当な数字だ。でもチクチクおヒゲに、私の柔らかなつるつるお肌が攻撃されていることに変わりはない。
 先輩は自分の頬から顎にかけてを手で撫でて、ヒゲの痛さを感じているのか、考え込むような顔をしている。

「じゃあヒゲ剃ってくればいい?」
「はい」
「んじゃ、シャワー浴びてこよーっと」

 にぱっと明るい顔をしてベッドを飛び出し、意気揚々とシャワールームへ向かっていった。鼻歌まで聞こえてくる。随分とご機嫌なようだ。

 先輩がシャワーを浴びている間に朝ごはんの準備を進めておこうか。そんなことを思いながらリビングへ移動する。今朝は何を食べようかな。テレビの電源を入れると、ちょうど天気予報の時間だった。ソファに座ってそれを眺めながら朝食のメニューを考える。
 今日も今日とて暑いらしい。一面太陽のマークで埋め尽くされていて、最高気温が86℉を超える地域も多い。そんなに暑いなら、灼熱の地面で目玉焼きくらい焼けるのかなぁ…なんて思ったりもした。そうだ、今日はトーストとベーコン付きの目玉焼きにしよう。

 そろそろ先輩も戻ってくる頃かな?と思いながらキッチンへ向かう。冷蔵庫から卵とベーコンを取り出して調理スペースに並べた。

 まずはベーコンをフライパンに入れる。熱が伝わるにつれて滲み出た油がどんどんフライパンを侵食していく。頃合いを見計らって、卵を2つ割り入れた。私も先輩もサニーサイドアップが好きで、どちらも同じように作ればいいので楽ちんだ。好みが別れていたら、大層面倒だっただろうなと思う。

 順調に調理を進めていると、ヘアスタイルまでばっちりセットした先輩が、ウキウキで、そしてノリノリな様子で現れた。親指を立てながら人さし指をこちらに向けてポーズまで取っている。

「身だしなみ、ばっちり整えてきたぜ!もういいだろ?」

 コンロの前に立つ私に横からハグをして、ぐりぐりと頬を寄せる。ベッドの中での時とは違って、今はじょりじょりした痛さは感じない。うん、これなら嬉しい。意識しなくても勝手に笑顔になる。
 頬に、唇に、それぞれキスをしてから、再び甘えるように頬ずりをされた。

「何作ってんの?」

 先輩は私の背中側に移動して、腕を私のお腹にまわした。そして、なんとなく二人で右に左にゆらゆらしながら、先輩は私の肩越しにフライパンを覗き込む。

「お、卵とベーコンか。いいな!」
「私も顔洗ってきたいので、見ててもらってもいいですか?」
「あぁ」

 ちゅっと唇が触れ合ったあとで傷跡のある逞しい腕から開放される。
 まだ温かく湿った空気が残るバスルームへ向かい、いつものヘアバンドを着けて、冷たい水で顔を洗った。さっぱりして気持ちがいい。改めて朝を感じる。化粧水で肌を整えて、ヘアバンドを外し、髪の毛はざっくり整えてキッチンに戻った。

 ぱちぱちとベーコンの焼ける音。お皿も準備されていて、もうすぐ完成するようだ。トースターを見ると、私は何も言っていないのに、先輩がパンをセットしてくれていたらしい。

「もうすぐできそうだぜ」
「いいですね!」

 先輩は得意気にへへっと笑う。テーブルを見ると、まだカトラリーは揃っていなかったので、食器棚から取り出して並べた。朝ごはんの時間はすぐそこまで迫っている。身だしなみも整って、あとは一日の始まりのお腹を満たすだけ。