※後悔、先に立たず
※ifの世界線、ジェイミー片想い夢



 いつもの店で飲みながら話している最中のこと。段々とナナシの目がとろんとしてきて、まばたきの際に、瞳が瞼で覆い隠される時間が長くなってきた。見るからに眠そうで、今にも夢の世界へ足を踏み入れてしまいそうなほどだ。

「大丈夫か?」
「うん……」

 俺が発した言葉を理解しているのかすら怪しいが、一先ず返事は返ってきた。ゆっくりと目を開けたり閉じたりを繰り返している。

「そろそろ帰ろうぜ」
「うん……」

 帰るという言葉に反応したのか、かばんを探すようにきょろきょろと視線を彷徨わせ、少しもぞもぞと身じろぎをした。

「……送ってく?」
「せんぱいに来てもらう……」

 彼女の家に行ったことはなかったから、送るといってもその道程は定かではなかった。この状態では彼女に案内してもらえるかどうかも怪しい。
 それに。本人にそのつもりはなかったのだろうが、ナナシは俺の誘いを断り、彼女にとって1番の男の名前を出した。それは至極当然のことなのに、心にチリリと傷が付き、気持ちを表すかのように視線は落ちた。

 ナナシはスマホを探しているのか、かばんの中をごそごそと漁っている。が、スマホはテーブルの上にうつ伏せに置かれている。

「ほらよ」
「ありがと」

 彼女のスマホを手に取り、しっかりと右手に握らせてから手を離す。触れた手は俺のものよりも随分小さいけれど、確かな温もりがあった。
 しかし、彼女は目を開けているのが精一杯の様子で、画面の操作もまともにできていないように見える。ついには首がかくんと落ち、スマホもガタンと音を立ててテーブルに落ちた。かと思えば、間髪入れずにびくっと動いて頭の位置が元に戻る。

 彼女がここまで酔っ払っているのは、ひとえに俺のせいだと言っても差し支えはないのかもしれない。無理にしこたま飲ませた訳ではなかったが、いつもより飲むペースの早い彼女を止めたり嗜めたりすることをしなかった。最終的にこうなることは十分に予測できたはずだった。

 ――せんぱいに来てもらう

 でも、それをしなかったことで、彼女が誰より頼りにしているものを、鋭利なナイフのように突きつけられた。止めれば良かった、だなんて後悔しても、後の祭りだ。
 いろんな思いを振り切るように意識を逸らして、テーブルで会計を済ませる。どうにかナナシを立たせ、肩を貸した。

「歩けるか?」
「うん……」

 肯定の返事だったが、到底まともに歩けそうにはない。店の外までは半ば引きずるように連れ出して、外に出てからナナシに背中を向けてしゃがみ込んだ。アイツに連絡を済ませたがどうかは、わざと聞かなかった。

「ほら」

 催促すると、どういうことか理解はしたのか、素直に俺の背中に乗ってきた。勢いをつけて立ち上がり、しっかり背負いやすい位置に持ってくる。ナナシは頭が回っていないのだろう。連絡をしたから待っていないと、だとか、これから連絡をしないと、などと俺を止めることはなかった。
 そんな彼女の振る舞いと、体にかかる重みと、背中に触れ合う感触に、柄にもなく胸を高鳴らせる。そんな10代のガキでもあるまいに。唇を結んでそんな自分を恥じた。

 足は自然と自分の家へ向かう。これで良いのだろうか。己に問いかける自分がいる。ナナシができないならば、俺が代わりにアイツを呼んだ方が良いのではないか。スマホのロックなら、暗証番号は分からずとも、生体認証で解除できるはず。
 いや、でも。それは勝手にスマホを覗くことになる。それはそれで良くないこと。そんな風に言い訳をする俺もいて、結局は後者に軍配が上がり、そのまま足を進めた。

 ほどなくして、背中の重みがずっしりと増した。どうやらナナシは本当に眠ってしまったようだ。

 自分でもなんと言葉にしたらいいのか分からない気持ちで胸がいっぱいになりながら、ようやく自宅の寝室までたどり着いた。起こさないように、そうっと背中のナナシをベッドに寝かせる。穏やかな寝顔に目を引かれたが、このまま見つめていると妙な気を起こしそうで。情けなくも、そそくさと逃げるように寝室から抜け出した。いつもと違うナナシが見せる隙に、心を揺さぶられる。

 静かに閉めたドアの前に座り込んで頭を抱え、大きなため息をついた。それからすーっと大きく息を吸い込んで、深呼吸をする。あまり効果はなかったが、少しは落ち着いたと思いこむことにした。

 どれくらい経っただろうか。ナナシのかばんから定期的に振動音が聞こえてくるようになった。すでに連絡を済ませた彼女が姿を見せないことに対しての連絡なのか、それとも何の連絡もないことに心配をして電話をかけてきているのか。ナナシに悪いと思いながらスマホを手に取ると、画面に表示されているのは、やっぱりあの男の名前。出ようか迷ったが、放っておいた。大体、出たところで何を話す?今から迎えに行く、そうして彼女は連れ去られる。そんなことになるくらいならば、もどかしいけれど今のままでいい。スマホをかばんの中にしまい直した。

 寝室のドアの前に陣取って、誰も寝室に入れないよう、門番になった気持ちで座り込む。他の誰より通してはいけないのは俺自身なのだけれど。ふーっと息を吐きながら天井を仰ぐ。

 夜通し眠れなかった。背中越しの木の板1枚隔てた先、自分のベッドでナナシが寝ているのだと思うと、心がかき乱されるようにざわついて仕方がない。
 彼女のかばんが震える度に、ナナシが愛する男の存在を突きつけられる。心に鋭い爪が食い込むようだった。

 こんな思いをするくらいなら、彼女が飲みすぎないよう、いつものように制止すれば良かった。家に連れてこずに、アイツに託せば良かった。そう思ったってもう遅い。
 けれど、本当に止めたかったのか、本当は、彼女が自分の手元にいると錯覚できるこの状況を望んでいたのではないか、そう思う自分もいる。
 それでも確かなのは、俺は彼女の1番にはなれないこと。だから。好きにならなければよかった、だなんて、これっぽっちも本心では思っていないことを心の中から編み出して、後悔の念に浸ることを慰めとした。