海沿いの遊歩道。2人並んでベンチに腰かけている。夜に移ろう前の、茜さす光。筆舌に尽くし難い、キレイな色。
そんな中、脚が触れ合う距離、もちろん手だって触れ合うことができる距離だ。けれども寄り添うわけでもなく、手を触れ合わせることもなく、私たちは座っている。
私の手は、膝に乗せたかばんの上に。先輩の手は、無造作に脚に引っ掛けてだらりと落ちている。
会話も時折ぽつりとする程度。沈黙の時間はあっても、それを気まずいとは思わない。
だけど、先輩の手に触れたいな、だなんて、恋する少女のような、小さな願いを私は抱いていた。
少し手を伸ばせば届く距離。だけど、美しくも奇妙な空の色のせいだろうか。それをためらわせる何かがあって、何故だか行動に移せない。ティーンの頃を思い出すような、高鳴る鼓動。こんなふうにドキドキすることなんて、滅多にないのに。
ちらっと先輩の方へ目を向けると、軽く眉を上げて、どうした?と表情で語る姿が目に入る。嬉しさと、恥ずかしさと、期待と、それからなんと表現したらいいか分からないむず痒い感覚に陥って、先輩の問いには答えないまま、きゅっと軽く唇を結んでかばんの上に視線を落とした。
それからも、先輩と私は変わらずに触れ合うことはなかった。一方で、そんな私たちを尻目に空はゆっくりと闇色に染まってゆく。
先ほどからずっと胸の高鳴りは収まることを知らない。恋特有のもどかしくて嬉しい気持ちも溢れ続けている。手に触れたい、というありきたりな願いは、少しの勇気さえあれば成就する。それは自分でも分かっていた。いつもなら容易いはずなのに、それができない今の私はまるで、好きな人と共に過ごす時間を、恥じらいながらも喜ぶ少女のようだ。
再び視線だけをそろりと向けて、先輩の様子をうかがう。海を眺めていた先輩は私の視線に気づいたのか、ふっと顔をこちらに向けて、子首を傾げた。先輩がそうすることくらい容易に予測できたはずなのに、どくん、と心臓は大きな音をたてて、どうしたらいいのか分からなくなった。苦し紛れに、さっと視線を落として、かばんを手持ち無沙汰にいじることで誤魔化そうとする。
先輩は私の態度について何かを言うわけでもなく、しばらくこちらを眺めてから、すっと視線を海に戻したようだった。言わなくても分かってほしい、だなんてことはただの我儘だけれど、今はそんなふうに思ってしまう幼稚な私がいる。
いつしか空はすっかり黒に飲まれて、海もどこか恐怖を覚える色に染まっていた。
それだけの時間が経ってからようやく、ためらう気持ちよりも触れたい気持ちの方が上回った。ドクドクと忙しなく暴れる鼓動と共に溢れ出す恥ずかしさを飲み込んで、微かに手を動かす。すると、待っていたと言わんばかりに間髪入れず、私の左手は先輩の右手に攫われた。
はっとして顔を上げると、そこには悪戯な、けれどもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる先輩がいた。その表情から察するに、私のモヤモヤもドキドキも、きっとお見通しだったのだろう。
なんだかちょっと悔しくなって、身を乗り出して頬に軽くキスをする。少女の私ではきっとできなかったこと。大人の私だからできること。初恋のようなときめきに心踊らせたといえど、私はもう大人なのだ。
それでもキスのあと、間近で見た青い瞳がとても優しかったことにドキドキしてしまうのは、きっと、仕方ないことだ。