「もぐら叩きしませんか?」
「もぐら叩き?」

 ふたり並んで、手を繋ぎながら仰向けにベッドに寝転んでいた。ぎゅっと手を握ったり緩めたり、指で手の甲を撫ぜたり。暖かくて、優しくて、穏やかな時間。
 体ごと先輩の方へ向けて、ふと思いついたことを口にしてみる。突然のことに、先輩は軽く首を傾げるようにしてこちらを見ながら、オウム返しに言葉を繰り返した。

「私が布団に隠れるので、顔を出したときに、ちゅーしてください」
「いいぜ、楽勝だな!」

 眉と口の端をきゅっと上げて、得意げな顔をしている。思いつきのゲームに乗ってくれるようだ。繋いだ手を引かれて、指に軽いキスを落とされる。少しくすぐったい。
 せっかく遊ぶなら、もう少しゲーム性を持たせたい。そう思って、話しながらアドリブでルールを作ってゆく。
 
「ルールは……おでこにキスで1点、ほっぺにキスで3点、鼻にキスで5点、唇にキスで10点」
「おう」

 とりあえずざっと点数は決めて、それからどうしようか。遊ぶ前からすでに、先輩は楽しそうな目をしてこちらを見ている。どんな形であれ、ゲームをするのは私も楽しい。

「3回やって、15点以上取れたら先輩の勝ちで、私がちゅーしてあげます。15点取れなかった場合は私の勝ちで、先輩にちゅーしてもらいます。そんな感じでどうですか?」
「オッケー、問題ない」

 どちらが勝っても、結局はキスをする。そんなルーズなルールになったけれど、先輩もそんな感じのゆるい決まりごとで良いらしい。繋いだ手を再び口元に引き寄せられて、今度は手の甲にリップ音を立ててキスをされた。

「ただし、どこにもちゅーできなかったらその時点で失格ですからね!」
「いいぜ、任せとけ!」

 元気のいい返事を聞き遂げた私は、いそいそと、頭の上まで布団をすっぽり被った。よし、これで準備OK。先輩も両腕を私の頭の横について、布団の上から覆い被さってくる。
 あとは開始の合図を待つだけ。

「いきますよ」
「おう」

 布団の中から、恐らくモゴモゴしたであろう言葉で宣言し、ゆっくり布団を下げ始める。おでこにキスするチャンスだけれど、先輩は動かない。高得点狙いらしい。実際、5点以上、つまりは鼻か唇にキスをしていけば、15点取るのは安牌なので、妥当な選択だ。
 おでこを出した状態で、一度手を止める。一応サービスタイムではあるけれど、やっぱり先輩は動かない。よくよく考えたら、このルールで1点が結果を左右することはないので、おでこは狙わない方が賢いことに気付いた。先輩もそこまで考えているのだろうか。うーん、どうだろう。
 そんなことを頭に浮かべながら、さっと手早く顎の下まで引き下げた。それから即座に頭の上まで戻そうとしたけれど、布団が顔を覆い隠す前に、鼻先に柔らかい感触が。

「へへーん。5点獲得、だな?」
「そうですね。まずまずの滑り出しじゃないですか」

 目の前にはニッと、してやったりの笑顔。悔しいけれど、今のは先輩の勝ちだ。目だけを布団から出したまま、くぐもった声で話をする。
 布団を掴んだままの手を更に上へと動かすと、したり顔の先輩が寝具の向こう側に消えて、目の前には闇が広がった。

「じゃあ2回目いきますよ」
「おう」

 2回目はおでこのサービスタイムは控えめに、一気に布団を引き下げて、すぐに被り直そうとした。だというのに、布団が頭を覆う前に鼻先に感じたのは、またもやよく知った唇の感触。

「どう?俺、なかなかやるんじゃない?」
「鼻3回での15点狙いですか?」
「さぁ、どうかな?」

 自信に満ち溢れた瞳と見つめ合ったまま、前髪をそっと梳かれる。その手の優しさが心地よい。もっと堪能したい気持ちを振り払って、もう一度布団に潜った。
 暗闇の中でぎゅっと目を閉じて気合を入れ直す。遊びといえど、勝負事ならばやっぱり負けたくない。再び開いた目に飛び込んでくるのは、僅かな光と黒い闇。

「ラスト一回、いきますよ」
「おう!」

 今度こそ、という思いと共にバッと勢いよく下げて、間髪入れずに被り直そうとした布団を、先輩の手が強引にひき下げる。あっと思う間もなく、唇に温かな感触が。これは10点。合計20点。先輩の勝ちになったけれど、なんだかずるい。

「ずるいです」
「布団下げちゃダメってルールはなかっただろ?」
「それはそうですけど…」
「そんじゃ、勝者へのキスは?」

 悪びれた様子はないまま、目を閉じて、ちゅーっと唇を突き出してキスを待たれる。ふざけているのが丸わかりだ。今しがたのズルもあってちょっとイラッとしたため、ご褒美のキスはちゅっと触れてさっと離れる、とんぼ返りのキスにした。

「あれ?今ので終わり?」

 眉をひそめて、目を細めて、不満そうにしているけれど、身から出た錆だ。私は悪くない。ここは譲らないぞ、というオーラを出してみる。

「ちゃんとご褒美のキスはしましたよ」

 私の言葉を受けても先輩は変わらず難しい顔をしていた。しばらくすると少し表情がやわらいだけれど、相変わらず拗ねた気持ちが滲み出ている。じっとこちらを見ていた先輩が、ようやく口を開いた。

「もぐら叩きでキスがハンマー代わりなら、これくらいしても良いよな?」

 ガツンと噛み付くような勢いのあるキス。急なことに、ドキンと心臓が高鳴った。ハンマー代わりというなら、さっきのゲーム中にすれば良かったのに。
 ……なんて、ドキドキしながらも、そんなことをのんびり考えていたら、ゆっくり唇を離した先輩の雰囲気が、じわりと色を帯びたものに変わった。ふざけて遊ぶ子どもの時間は終わりを告げそうだ。
 このあと、今しがたされたようなキスの嵐が来るのだろうな、ということはなんとなく想像がついた。ハンマーみたいなキスを浴びせられて尚、私の唇が原型を留めていることを祈るばかりだ。