流れるBGMは女性アーティストが歌うクリスマスの定番ソング。この時期には何度も何年も耳にしてきたフレーズ『クリスマスに欲しいのはあなただけ』。空で歌えるくらいには耳に、身に、染み付いているものだ。二人で腕を組んで歩いている今も、隣でナナシが曲に合わせてフンフン小さく口ずさんでいる。子どものような無邪気な様子に、つい頬が綻びそうになるのを口元に力を入れて耐えた。恋人と連れ立って歩く男がニヤけているなんて、格好がつかない。

 周りにいるのは俺達のようなカップルだとか、あるいは親子連れだとか、とにもかくにも人が多いが、皆、お目当てのものは同じ仲間だ。
 そうして彼女と寄り添いながら、人混みに流され歩みを進めていくと、今宵の目的地が見えてきた。暗闇を押しのけてそびえ立つのは巨大なクリスマスツリー。そこにじゃれつくのは色とりどりのオーナメントと眩しいくらいの人工の光。その光自身がまたたくことはなく、俺のまばたきによってゆったり明滅を繰り返している。

「わぁー…!!」

 語彙力なんて微塵もない、喜びを交えた感嘆の声。それこそが筆舌につくし難いものであることの証左なのかもしれない。きらびやかに輝くライトが彼女の瞳に反射して、いつも以上に目を煌めかせているように見える。
 ツリーの足元に辿り着くまでの時間にも、ナナシは「わぁ」だとか「すごい」だとか、幼稚なボキャブラリーでツリーの感想を述べていた。相槌を打つ俺も、出てくる言葉はまぁ…お察しの通りだ。

 ツリーを間近に臨むところで歩みを止め、ナナシの後ろに回りお腹に腕をまわしてハグをする。両腕にすっぽり収まるサイズ感、何度やってもしっくりくる。腹の前で交差した俺の両手首に、しなやかな手がそっと添えられた。
 頬をナナシの頭、黒のニット帽に触れ合わせてグリグリ押し付けると、こちらに体を預ける重みがやってきて、二人の密度がより一層増した。

「キレイだな」
「キレイですね」

 ライトアップされて真昼のように明るい中、なんの捻りもない言葉とオウム返しの言葉が、光の中に放たれ消えてゆく。

「お前の方がキレイだよ、って言ってほしい?」

 ふと思いついたことを口にする。花火やら夜景やら、キレイだと言われるものを前にして恋人たちがするであろうやりとりだ。本来は尋ねたりせずにそのまま言うことなのだろうが、そこはそれ。セオリー通りでなくたって良い。

「言ってほしいです!」

 ばっ、と勢いよく頭だけで振り返ったナナシのはやる心を乗せた肯定の言葉が、思いのほか勢いよく転がってきた。さて、なんと返そうか。素直に伝えるのもやぶさかではないが、少しからかってみたい気持ちもある。

「んー……」

 軽く唸るようにして会話の隙間を埋める。期待しているであろうナナシの冷えた指先が、グローブから出た俺の指先に触れた。そんなささやかな仕草一つで心臓は優しくさざめき、からかいよりも愛しさに軍配があがる。表には出さず心の中で軽くため息をついて、降参した。

「お前の方がキレイだよ」

 軽い口調で告げたはずが、存外、真面目な色が加えられていて、自分で言ったはずなのに気恥ずかしさを覚えた。これくらいの軽口なら、特段恥ずかしがるようなものでもないのに。恥ずかしいと思っている自分が情けない。けれど彼女が喜んでくれるならそれでいいとも思う。
 俺の言葉を受け取ったナナシは、少し目を丸くした後で、えへへ、と照れたようにはにかんだ。マフラーに埋もれて目元しか見えていないが、それでも喜びは伝わってくる。

「先輩はクリスマスに欲しいものはありますか?」
「ん?そうだな…」

 唐突な質問。暫し思案してから、ふと、先ほどの歌を思い出す。

「All I want for Christmas is you.」

 曲を引用していることがナナシも分かったのだろう。俺の答えに嬉しそうにしながらも、面白がっているような笑顔になった。

「奇遇ですね、私もです!」

 へらりと笑う彼女に、俺もつられて笑ってしまう。

 腕の中のナナシがもぞもぞと動きながら体の向きを変えて、俺と正対した。360度から放たれる光を受けて煌めきながらこちらを見上げる瞳が愛おしい。今、彼女の目にはクリスマスツリーでもイルミネーションでもなく、俺だけが映っている。嬉しさと面映ゆさが体の奥からこみ上げて広がった。
 彼女の口元を覆い隠すマフラーを軽く指で下げる。いつもと違い少しひんやりとする唇に、己の唇を触れ合わせた。クリスマスに欲しいものを手に入れた、否、欲した大切なものは最初から両腕の中に。