ふいにナナシが座面に置かれたスマホを手に取った。さささ、と指先が画面を滑る。じっと彼女の姿を眺めていると、思いのほか早くスマホと向き合う時間は終わりを告げて、再び伏せて隣に置かれた。俺の視線がスマホを追ったことに気付いたのだろう。ナナシが口を開く。
「アラームかけたんです、12時になった瞬間が分かるように」
「なるほどな」
誕生日の瞬間を逃さないためのものだったらしい。そんな小さないじらしさを愛おしく思う。こちらを見上げる彼女の眉間に一つ、音を立ててキスを落とした。
それからしばらく、先ほどと同様の戯れを繰り返していると、0時を告げる電子音が鳴り響いた。間髪を入れずにナナシは口を開く。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとな」
ピピピと自分の存在を主張するアラーム音をBGMに、どちらともなく触れるだけのキスをする。ナナシの両手は俺の両肩に。俺の右手は彼女の頬に、左手は彼女の腰に。
響く音は意に介さず、唇を離して見つめ合う。目に入るのは見慣れた色。人工の明かりであってもキレイに輝く2つの宝石。再び眉間にキスをしようと顔を近づけると、美しい色たちは瞼に覆い隠されてしまった。唇を離すと、視線は伏せたままで擽ったそうに口の両端を持ち上げて笑う姿を見ることができた。大人だというのに、愛らしい、なんて表現の似合う笑顔だ。
音を鳴らし続けていたスマホに手が伸び、ようやくソイツは役目を終える。俺たちの元に静寂が戻ってきた。スマホは再び座面に置かれて、隠された
「一番におめでとうを言えて良かったです」
「プレゼントも最初にくれたしな?」
「え?プレゼントはまだ…」
「キス、してくれただろ?」
不思議そうにしていたナナシも、俺の言葉を聞いて合点がいったらしい。はっとしたかと思えば、花開くように柔らかく笑みを零した。
「えへへ、そうですね」
ふにゃっと照れた笑顔に、つられて頬が綻ぶ。
「じゃあ、こういうのはどうですか?」
「ん?」
かと思えば、彼女の瞳が爛々と悪戯な光を帯びる。さて、今回はどんなことを思いついたのだろう。
「私がプレゼントです、なーんて」
「へぇ、いいな。んじゃ、遠慮なく」
冗談でもそう言ってくれるのは喜ばしいものだ。食い気味に言葉を重ねる。少し意地が悪いが、遊びの言葉を本気と受け取ったって良いだろう。嬉しさと楽しさから笑顔になっているのが自分でも分かる。言葉の始めは勇ましく、けれども尻窄みにお茶を濁そうとしているナナシの頬に手を寄せた。
「えっと、恥ずかしいのでやっぱりナシで…」
「いまさらそんなこと言ったって遅ぇよ」
頬に添えた手を咎めるように、彼女の手が重なった。都合悪そうにしながら、視線を左右に揺らしているのは無視をする。両手で頬を包み自身に引き寄せて、軽いキスをした。
「たっぷり堪能させてもらうからな」
正対する彼女の瞳の中に、早くも熱い風がゆらりと吹いた。ノーの言葉は返ってこない。ともなれば、後の展開は知っての通り。
ナナシが跨ったままなのを気にせずにソファから腰を上げると、彼女もまた降りる気はないようで、腰に脚を絡めてしっかり俺に掴まった。抱きかかえながら歩みの進む先はもちろん、我らが寝室。そこから先は、まぁあれだな。俺たち二人の秘密ってことで。