気付けば周りに何もない、ただ白い空間に立っていた。周囲を見渡しても白しか見えない。
 そう思ったのに。いつの間にか目の前にはナナシがいた。いつもと同じように、どこか楽しそうにしながら俺を見上げている。そんな彼女に話しかけようとした。
 すると突然、ナナシは少し驚いたように目を見開いて、息を呑んだ。どうしたのかと思う間もなく、首元から血が吹き出す。
 俺の顔に、服に、腕に、生温かい血がかかった。あまりに突然のことで理解が追いつかない。服が濡れて、胸へ、腹へと血が伝う。
 ふっと虚ろな目になったナナシが、ふらりと前に倒れ込むのを慌てて抱き止める。ぐったりと力は抜けていて、その体はずっしり重い。俺の胸を濡らす止まらない血液。嫌でもあの時のことを思い出す。呼吸が荒くなる。
 あの時は、あの任務中の出来事は。あの時には彼女は助かった。死んでいない。だから今回だって大丈夫なはずだ。必死に自分に言い聞かせる。
 でも今はあの時とは違う。周囲には何もない。血だって止まる気配がない。このままじゃだめだ、このままじゃ。
 生温かい血は俺の体を濡らし続ける。不快感が増していく。
 ぐったりして動かない彼女を強く抱きしめる。失いたくなかった。失いたくない。でももしこのまま失ったとしたら?耐え難い喪失感に苛まれる。呼吸も心も苦しかった。
 
 気付けば腕の中のナナシは消え、再び白い空間に一人で立っていた。
 そう思ったのに。先ほどと同じように、いつの間にか目の前にはナナシがいた。いつもと同じように、どこか楽しそうにしながら俺を見上げている。そんな彼女に話しかけようとした。
 すると突然、ナナシは少し驚いたように目を見開いて、息を呑んだ。知らぬ間に俺の手にはサバイバルナイフが握られていて、それを彼女の首へと突き立てていた。腕が勝手に動いてナイフを引き抜く。
 俺の顔に、服に、腕に、温かい血がかかった。服が濡れて、胸へ、腹へと血が伝う。
 ふっと虚ろな目になったナナシが、ふらりと前に倒れ込むのを、ナイフを放り出して抱き止める。ぐったりと力は抜けていて、その体はずっしり重い。俺の胸を濡らす止まらない血液。あの時のことがちらりと脳裏によぎった。だというのに、不思議と呼吸は穏やかなままだった。
 相変わらず周囲には何もない。血だって止まる気配がない。それなのに嬉しささえ覚えてドクンドクンと胸は高鳴る。
 温かい血は俺の体を濡らし続ける。何故だがそれを心地よいと思った。
 ぐったりして動かない彼女を強く抱きしめる。腕の中の重さを愛しいと思った。体を濡らす彼女の血のように、心は温かく、静かな水面のように落ち着いていて、充足感で満ちていた。

 はっ、と目が覚めた。隣で眠る彼女の首筋に指を当てる。トクントクンと一定のリズムを指先に感じる。彼女は生きている。
 夢を見た気がする。けれども内容を思い出そうとすればするほど、それはどんどん朧気なものになってゆく。体に強く残っているのは喪失感と充足感、相反する感覚だった。