水上敏志


 この三門市が近界民ネイバーの大侵攻を受け、千二百人以上の犠牲者と四百人以上の行方不明者を出したのは二年前……水上敏志みずかみさとしが中学二年生だった頃の話だ。当時は水上もプロ棋士を目指していて、関西奨励会に入っていた。中学生のうちにプロになって、高校には進学せずに日がな将棋のことだけを考えて生きていきたいと思っていた。
 侵攻があった日曜日、関東奨励会との交流行事があって、関東から来た高校生と対局していた。その高校生はすでに三段に上がっていた。
 学生服姿でひょろ長い中学生だった水上に対して彼はお行儀の良さそうなブレザーを着ていて、背も高く、体格も良かった。あと、すごく人が良さそうな顔をしていた。自分とは正反対の男だと勝手に思っていたが、彼の将棋はやり口がいやらしく、どこかひねくれていて、意地悪であった。人は見かけによらないものだ。確か、小豆畑という変わった苗字をしていた。
 二人とも集中していて、展開も早かったので、昼休憩を取らずに最後まで打った。ありません、と頭を下げたのは水上の方であった。
 今日打った対局を二人で振り返ろうとしたときに関東側の職員が慌てた様子で小豆畑を呼びにきて、連れて行ってしまったため、対局を振り返ることは叶わなかった。それから、その日の昼に三門市に正体不明の巨大生物が現れ、異世界からの侵攻があったことを知った。まるでサイエンスフィクションかファンタジーのような話でいささか信じがたかったが、毎日報道される大侵攻の映像と対局していた小豆畑がちょうど三門市出身でそれが理由で家を失ったという話を聞いて、現実の出来事なのだという実感を得た。
 そして、今はプロ棋士を諦めて、高校に進学し、三門市で界境防衛機関ボーダーに所属している。何の因果か、ボーダーのスカウトが水上の元にやってきたのだ。
 今は訓練生ともいえるC級を卒業し、無事にB級の正隊員になり、部隊にも所属していた。生駒達人いこまたつひとという、水上と同じスカウト組の男が結成する部隊に誘ってくれたのである。てっきり、自分の能力を買ってくれたのかと思っていたら、関西出身のスカウト組を片っ端から誘っていると言われて、ずっこけてしまった。生駒はいきなりどうでもいい話を始めたり、些細なことで感動したりとかなりとぼけたところがあるが、戦闘時の実力はB級に上がりたてだが折り紙付きであった。
 生駒隊は五人部隊で隊長で攻撃手アタッカーの生駒と射手シューターで参謀ポジに任命された水上はまだ高校生で他の三人は中学三年生だ。端正な顔立ちと泣きぼくろ、柔和な笑顔が特徴的な狙撃手スナイパー隠岐孝二おきこうじ。カワイイし、女の子らしいが褒められると照れて真っ赤にしてキレるオペレーターの細井真織ほそいまおり。そして、最後の一人が真織の親友だという、水上と同じ射手の安喜なゆただ。
 この安喜なゆたという女は水上にとって弟子に当たる。実は部隊を結成する以前に彼女と射手訓練で会ったことがあるのだ。弾トリガーに慣れるために訓練室でトリオンキューブを出して、アステロイドを撃っていたときだ。コントロールが苦手な彼女のアステロイドのこぼれ弾がやたら水上の急所に当たり、何度も何度も「トリオン共有器官破損」というアナウンスを聞く羽目になった。これだけ水上に当てているのだから、ある意味素晴らしいコントロールを持っているのかもしれない。
 しかし、いい加減鬱陶しかったので、狙いの付け方、弾の散らし方を教えてやると彼女はすぐにそれを飲み込んだ。水上のものより大きいトリオンキューブがパッと散らばり、その一つ一つがまっすぐ的を射抜くと彼女はぱあっと表情を明るくして、「ありがとうございます、おもしろブロッコリー先輩!」と頭を下げてきた。「誰がおもしろブロッコリー先輩やねん」とすぐさまツッコミを入れてしまったのは関西人の性である。笑顔で指をさしてきたので「人を指さすな」とつい低い位置にある頭を叩いた。一連のやりとりが漫才のようだったからか、他の訓練生たちがドッと笑った。自分たちを見て笑っている彼らを見て、つかみはオッケーと思ってしまったのもやはり関西人の性だった。
 その一件から、彼女は水上を師匠だと慕ってくれるようになった。彼女とは同期なのに師弟関係というのはおかしい気もするが、勝手に師匠と呼んできたのは彼女の方であった。もっとも、もう実力は追い抜かれているのだが。
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