元生駒隊の安喜がいる支部……早沼支部が入っているビルを管理している森本さんが体力作り合宿がてら海に行かないかと提案してくれたもので安喜ら早沼支部の隊員たちと合同であった。生駒隊の五人と早沼支部の四人。十人ほどになるので移動はマイクロバスだ。運転は早沼支部の社会人隊員・小豆畑が担当していた。ちなみにこのマイクロバスは支部のものである。
マイクロバスの窓から青い海が見えてきた。空も絵に描いたような快晴で外に出ればすごく気持ちいいだろうな、と思う。テンションが上がった海は前の席に座っていた安喜の肩を叩いた。
「やすきち先輩! 海見えてきましたよ、海!」
「おー、ホンマやな〜!」
二人で窓に顔を押しつけながら、笑う。高速道路を走っているバスは地道を走るより早く進んでいるのだが、海は早く海を感じたかった。窓を開けたら風が気持ちいいだろう。開けたいなあ。なんて思いながら、他のメンツの顔を見る。
「ここ、高速やぞ。地道に降りてからにせえ」
「ちぇ〜」
詰将棋の本に目を落としたまま、今年大学に上がったばかりの水上が言う。顔を見ずとも魂胆は見え見えらしい。
「あと一時間ちょっとくらいだよ。それまでお昼でも食べておいたら? ぼくと颯太となゆたちゃんと真織ちゃんでお弁当作ったんだ」
大きなハンドルから手を離さないまま、小豆畑が提案してくる。同時に水上の後ろの席に座っていた真織が隣の座席に置いていたバスケットを開けた。通路を挟んだ一人席に座っていた隠岐が身を乗り出してバスケットを覗き込んでいる。
「やから、マリオだけ本部出んの早かったんか。おれらも呼んでくれたら手伝ったのに」
「別に。アンタら来てもうるさいだけやん。はい、これ後ろに回して」
「はいはい」
真織が隠岐にフードパックに入ったお弁当をいくつか渡すと後ろへと回していく。
「先輩はイコさんに渡して」
「おー。イコさん、起きてください。マリオとなゆたがイコさんのために丹精込めて作ったウマい弁当ですよ」
「その前置きやめろや!」
「ていうか、ぼくと颯太は無視なんだ」
周りの非難は無視で水上は運転席の隣の座席でぐっすり寝こけていた生駒の頭をフードパックで小突く。真織となゆたという名前を聞いて、女の子に一際興味がある生駒はすぐさま目を覚ました。
「なんやて! マリオちゃんと安喜ちゃんのお弁当⁈」
「ぼくと颯太も作ったんだけどね」
「ははは……」
弁当に携わった男はガン無視で生駒はフードパックを開けて盛り上がっている。
「アッ、タコさんウィンナー入ってる! めっちゃカワイイ!」
「はーい。それ炒めたん、わたしなんですよ〜」
「安喜ちゃんが? このタコさん生きてるみたいやん……!」
「どういう褒め言葉やねん」
生駒と安喜のくだらないやりとりに一つツッコミを入れてから、水上もフードパックを開けて、まずはブロッコリーに箸をつけていた。海はそれを見て、共食いだなあ、と思った。思うだけに留めたのは本当にえらい。
「タコさんウィンナーとかガキかよ。ていうか、この玉子焼き、あめえ……」
「この玉子焼きはマリオちゃんが作ってくれてたんだよ。甘いのもいいよね」
後ろの方に座っていた、支部のメンバーである丸と颯太もすでに弁当を食べ始めている。みんなが食べているのを見て、海もフードパックを開けた。安喜のタコさんウィンナーと真織の玉子焼き、小豆畑が作ったと思しき唐揚げと野菜要素のブロッコリーとプチトマト。ごはんは鶏そぼろとゴボウの炊き込みごはんだった。
「颯太はなんか作った?」
「ぼくはね、鶏めしの仕込みを手伝ったよ。でもほとんどいくとさんがやってくれたから、ぼくはフードパックにお弁当詰めただけ」
「へー、颯太やるじゃん!」
海が素直に褒めると颯太はえへへ、と笑いながら、タコさんウィンナーを口に運んだ。このメンバーで一番若いのは今年中学三年生になった颯太だ。普段は生駒隊の先輩たちにかわいがられている海も颯太の前では先輩ヅラができるので、楽しかった。
「そういえば、小豆畑さんは弁当いつ食べるんですか?」
「さっきのサービスエリアで先に食べたから、別に気にしなくていいよ」
「ホンマ今日はバス出してもうてありがとうございます」
「まー、こっちも色々手伝ってもらう予定だからね。あ、もちろん勉強とか遊ぶ時間も確保してあるから心配しないで」
生駒が頭を下げると小豆畑は前を見たまま笑った。窓の外の景色はさっきよりずっと海に近づいていた。
「で、おっきーはマリオの玉子焼きどう思いました?」
「うん。ウマいですね。おれんちの玉子焼き、しょっぱい系やけど甘いんもええと思います」
「やって、マリオ」
「あんたらはウチにどういう反応を求めてるん?」
前の方では高校三年生の三人がどうにも意味深なやりとりを繰り広げていた。隠岐が真織のことを好きだという話を噂で聞いたことがある。それも関わっているのだろうか。しかし、海はそういう惚れた腫れた方面に興味はない。なんとなく、前の席に座っている安喜の背中を見る。ダボっとしたシャツの下にホルターネックのインナーを着ているのだが、シャツから垣間見える肌に大きな傷の一端が見えた。多分、彼女の背中いっぱいに広がっている。
「やすきち先輩、これ、傷痕っすか?」
「お? せやけど。これなあ、モールモッドにやられた傷」
「やすきち先輩、生身でトリオン兵と戦ったことあるんすか!」
「せやで〜」
安喜がモールモッドと生身で戦ったことがあるなんて、初耳だ。海は思わず、目を輝かせた。安喜は
「勝ちました?」
「負けたからこんなデカい傷ついてんねんやん。そもそも生身でトリガーでの攻撃しか効かんトリオン兵に勝てるわけないやろ」
軽いノリで訊ねると安喜は朗らかに笑ってくれたが、明らかに颯太と他の生駒隊メンツの表情が暗くなった。昔、何かあったのだろうか。何も話されていないから、海には何もわからない。
「わたしも中学生の頃はヤンチャ盛りやったわ……今はようやらん。めーっちゃ痛いし、みんなに怒られるし」
窓の外の海を眺めながら、安喜がしみじみと言う。バスの中は妙な空気に包まれているが、そののんびりした声はどこか場違いであった。
「いや、お前は今でも相当ヤンチャだろ。こないだ、下の玄関開いてなかったからって、木登って窓から侵入しやがって。警備会社に連絡するとこだったわ」
「ごめんなさーい」
妙な空気の中、丸があえて言うと安喜が舌を出して頭を掻く。同時に和やかな笑いが起こった。海はもうすぐそこだ。
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