生駒達人A


 生駒隊の作戦室は存外片付いている。作戦テーブルの上もそんなにものは置かれていないし、奥のゲーム部屋も散々遊んだ後は片付けることを徹底しているのであまり散らからない。各々のロッカーの中もきれいに整頓されていた。生駒や安喜でさえもだ。
 学校から帰ってきた生駒が作戦室に入るともう他のメンバーは揃っていて、各々思い思いに過ごしていた。何故か隠岐は奥のゲーム部屋で寝転がっていて、他三人は作戦テーブルで菓子を食べながら、今日、真織と安喜のクラスであった英語の小テストの話をしていた。
「何でお前、英語の成績だけこんな悪いねん」
 彼らの真ん中にあるのは件の小テスト。大体、赤ペンでバツをつけられていて、点数はほぼ赤点であった。
「あんたそんなんで受験大丈夫なん?」
「え? ボーダー推薦でなんとかなるって」
「まあ……せやな。中位やから推薦はもらえるやろけど……なんか納得いかん……」
 ボーダーと提携している三門第一高校ならいくらでも推薦はもらえるだろう。実際、生駒と水上も通っている。いくら防衛任務で授業に穴を開けても、遠征でしばらく学校に来なくても、いくら成績が悪くても卒業はさせてくれる学校だ。
「うまいこといったら、大学もボーダー推薦使えるかもしれんやん。がんばろな!」
「こいつのためには絶対ようないやろ。ボーダー推薦」
「使えるもんは使わんと」
 小テストの用紙をペシペシ叩きながら、水上がジト目で安喜を睨むが、彼女はホホホ、と笑いながら、菓子を口に放り込んだ。
「安喜ちゃんらはそろそろ受験やもんな」
「あっ、イコさん。おつかれさまです!」
「おつかれさん」
 生駒が三人の会話に割り込むと安喜はパアッと表情を明るくした。
「イコさん、お疲れさんです」
「隠岐は何しとるんや?」
「なんか知らんけど、よう遊んでくれるネコに今日はフラれたらしいで」
 生駒が訊ねると真織がかなりどうでもよさそうに答える。なるほど、隠岐はふて寝をしているらしい。ネコにフラれたことは彼にとって大変ショックだったようだ。
「なゆた、いくらボーダー推薦使える言うても、ちゃんと勉強はしとかなあかんで」
「ウチ、英語以外はまあまあええ成績やし……」
「ほんでもカスみたいな点数よりはマシや。イコさんもそう思うでしょ」
 腕を組んだ水上が生駒に同意を求めてきた。正直、生駒も英語の成績がいい方ではなかったので安喜に同意したいところだったが、彼女はもうすぐ生駒隊からいなくなる。そこから彼女がどうなるかもわからない。それなら、水上の言う通り、英語の勉強もしっかりしたほうがいいかもしれない。
「せやな……。勉強はちゃんとやったほうがええで……」
「イコさんが先輩の肩を持った……?」
 ぎこちなく返事をすると真織と水上が目を丸くした。水上の肩を持ってやらないほど、男に薄情なつもりはないのだが。
 それにしても迅の未来視通りならばいずれ、この普段通りの景色は消えるのだ。そう思うとじわりと込み上げてくるものがあった。自然と心を引き締めてから、安喜の隣に座り、菓子の箱に手を伸ばした。
「今日は久しぶりに迅におごってもうたわ。ナス親子丼」
「へえ、そらよかったですね。ナス親子丼ってなんすかそれ」
「かしわの代わりにナスが入った親子丼」
「それ親子丼ちゃうでしょ」
「やんな」
 ナス親子丼のネーミングの異常性にすかさず水上がツッコミを入れてきた。彼は本当に適度にノリが良くていい。おかげで生駒もいつも通りのノリでいられる。しかし、当の安喜が怪訝そうに生駒を見ていた。
「どないしたん?」
「ちょっとイコさん元気ないですよね」
「そんなことないで俺はいつでも元気いっぱいや」
 無駄に力こぶを作ってみるが彼女はまだ怪訝そうだ。迅はこのことを生駒に言うべきではなかったと言っていたがその通りだと思う。今の感情を押し隠せるほど、生駒の頭は器用にできていなかった。
「ナス親子丼に当たったんとちゃう?」
 菓子を口に放り込む真織は呆れたような顔をしている。
「食堂のおばちゃんはそんな料理提供する人ちゃうで!」
「せや! イコさんかてたまにはセンチメンタルになるわ!」
「せやで!」
「なんやこいつら」
 無駄に身を乗り出す二人を見て、水上は引き気味であった。
「えっ、イコさん、ほんまに悩みごとあるんですか?」
 自分で言っておきながら、安喜は目を丸くして口を押さえた。これはやってしまった。
「え、いや、そんなことないで。俺は別になんもおセンチなんかになってへん。せ、せや、今日の晩ごはんのこと考えとっただけや!」
「いや、その言い訳無理でしょ」
 なんとか取り繕うがまったく取り繕えていない。安喜だけでなく、水上や真織まで怪訝そうに生駒を見ていた。これはまずい。口を滑らせてしまいそうだ。
「なんか、ほんまに悩みごとあるんやったら、話くらい聞きますよ」
「ほんまに大丈夫やねん……なんもないねん……」
「いや、絶対嘘やん。なんかあるんやったら言うてや。心配になる」
 珍しく心配してくれる真織はカワイイが、これは時が来るまで生駒が胸に秘めておかねばならないことだ。ここでいきなり自分が除隊する未来があると言われたら、安喜もみんなも動揺する。
「……あー、イコさん帰ってはったんですね」
 また生駒が言い訳を口にしそうになったところで今までふて寝していた隠岐がこちらへやってきた。彼が生駒の現状を知っているかは知らないが、正直助かった。
「お、お菓子あるやん。一個もらお」
 目をこすってから、隠岐は菓子の箱に手を伸ばす。隠岐の登場で場は一気に冷めたのか、生駒への追及はなくなった。
「そういえば、やすきち、そろそろ個人ランク戦も復活しぃや。出水が寂しがっとったで」
「え、いずみんが?」
 そのまま隠岐は話を続ける。生駒が隠岐の顔を見ると意味ありげに彼は笑った。どうやら、ふて寝をしながら話を聞いていたようだ。それで生駒がまずくなったところで助け舟を出してくれたのだ。実にありがたい。やはり、雰囲気がイケメンだと違う。
「こないだの防衛任務でも大活躍やったしな。怪我する前はアステロイドをマスターにするって意気込んでたやん」
「そうそう。メテオラはもうマスターやから、今度はアステロイドかな〜って」
 地元から帰ってきてからすぐ、防衛任務があった。そのときは久しぶりだからか鬼神の如き活躍を見せたのだ。装甲の厚いモールモッドをギムレットで貫き、巨大なバンターをメテオラで容赦なく粉砕し、現れるトリオン兵が哀れに見えるくらいであった。
「前のランク戦、中途半端な時期に怪我して入院しとったから、フラストレーション溜まっとるんちゃう?」
「今やったら分割なしのトリオンキューブを容赦なく相手にお見舞いできそうやわ」
「怖っ」
 意味深に笑っている安喜の顔を見て、隠岐は悪寒がしたのか己の腕を抱く。
「防衛任務と対人戦はまたちゃうしな。また勘取り戻しといてもらわんとな」
 そう言いながら、急に立ち上がった水上を他のメンツが見上げる。
「どこ行くんですか?」
「どこって個人ランク戦や。やらんのか?」
「えっ! センパイがやってくれるんですか? 行ってから、蔵っち先輩とか見つけよと思ってたのに!」
 珍しい水上の様子に安喜が目を輝かせる。いつも安喜が水上をランク戦ブースまで強制連行しているのは見かけるが逆は今日初めて見たかもしれない。珍しいと言って笑っている隠岐と真織の背後で生駒はなんだか嫌な予感がしていた。
「先輩、年始から爆死するんですか?」
「なんで俺が爆死する前提やねん」
「今回はアステロイドの予定なんで爆死はせんでしょ。蜂の巣になるくらいで」
 隠岐と安喜、二人の後輩を水上はジト目で見下ろしていた。彼らはそういうときだけやたら楽しそうに徒党を組むのだ。
「いや、なんで俺が負けんの前提やねん」
「おもろそうやなあ、おれも観に行こ」
 素直に友人の復帰が嬉しいのか、隠岐はどこか楽しげに言うと真織と生駒の方を振り返る。
「イコさんはどないします?」
「いや、俺、今はええわ」
「マリオは?」
「ウチもパス」
「さようか〜」
 少しがっかりしたような顔をして、隠岐はもう扉の前にいた二人の元へ駆けていく。
「そんなみんなで行くもんちゃうやろ」
「みんなで見たいやないですか。センパイが蜂の巣ブロッコリーになるとこ」
「なんやねん蜂の巣ブロッコリーって。ほんなら、隠岐も行くで」
「はーい。ほな、行ってきます〜」
 さっさと廊下へ出ていく水上の後をカルガモのように隠岐と安喜がついていく。
 三人を引き留めたほうがいいのではないか。何故かそんなことが頭をよぎる。何故そう思ったのかはわからなかった。もしかしたら、引き留めれば安喜がずっと生駒隊でいられると無意識に思ったのかもしれない。
 迅は確定した未来だと言っていた。引き留めたところで遅かれ早かれ、安喜はいなくなってしまう。
(いややなあ)
 今の五人のまま、楽しくやっていきたいだけなのにどうしてダメなのだろう。
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