生駒達人B


「あー、ちょっと調子悪かったんかな」

 水上との個人ランク戦を終えた安喜は苦笑いを浮かべて、頭をかいた。結果は水上の完封勝ちだった。というよりも、あまりにも彼女が不調だったので途中でやめてしまったらしい。まさかの結果に結果を聞かされただけの真織は「そんなことある?」と言いながらも目を丸くしていた。そして、現場で見ていた隠岐と対戦相手だった水上は何か思うところがあるのか、バツの悪そうな顔をしている。メンバーの様子を眺めていた生駒はただただ口の中が苦い。
「……調子悪いとか、そんな次元ちゃうやろ、あれは」
「いや〜、センパイいつの間にそんなに強なったんですか?」
「やすきち、ビビってへんかったか?」
「それはセンパイの気迫に押されて! みたいな? でも、次こそは爆死させますよ。二月までに絶対調子戻すんで」
 水上の質問をさらっとかわしながら、安喜は笑っている。それを見るたびに口の中の苦みがどんどん広がっていく。
「……ほんまやろな?」
「もう怖ないんで大丈夫です。いや〜、なんでランク戦中怖かったんやろ!」
 ははは、と笑いながら、安喜がイスから立ち上がる。一同の視線が彼女に向かった。
「どこ行くん?」
「ちょっと散歩してくる。気分転換って大事やん?」
 訊ねてくる真織ににこっと微笑みかけてから、安喜は振り返ることもなく、作戦室を出て行ってしまう。しばらく、一同は何も言わずに顔を見合わせていた。
「安喜ちゃん、どないしたん?」
「先輩と対峙して、トリオンキューブ出した瞬間、急にビビり出しました」
「隠岐もそう思ったんか。トリオンキューブは出すものの、撃ってこおへん。しかも顔がビビってるから無抵抗の女を一方的に撃つのもあれやったんで、三本でやめました。そんなんでポイント獲れても嬉しないし」
「……」
「なゆた、どないしたんやろ……」
 実際の話を聞くと安喜は相当重症だ。確かに調子が悪いとかそういう次元ではない。これまでそういうことがなかったようで、真織が不安そうに呟く。
「見とって思ったんですけど、あれは多分、先輩が怖いっていうよりも、先輩を撃つのが怖かったんちゃうかな。撃ってこんってことはそういうことでしょ」
「人を撃つのが怖いってことか?」
「多分」
 隠岐が腕を組みながら、分析する。人を撃つのが怖い。その一言で水上が眉間に皺を寄せていた。ランク戦ではどうしたって人を撃つ必要がある。一体何をやっているのか。水上はそんな顔をしていた。
「でも、人撃てへんのって不思議なことちゃうやん。ウチも戦闘員できる気せえへんし」
「初めからオペレーターのマリオとは事情がちゃうやろ。去年はできとったのになんで今はできひんねん……」
「そうやけど……」
 ボーダーでは戦えるだけのトリオン量がある者と戦う精神力がある者が戦闘員になり、トリオンが貧弱だったり、人を攻撃できない者がオペレーターやエンジニアや一般職員になる。
 安喜のトリオン量は一位の二宮隊の二宮匡貴にのみやまさたかに次ぐ、太刀川隊の出水公平いずみこうへいと同等で同率二位だ。戦う力も精神力も十分に備え持っていた、はずなのだ。
「……二宮隊の鳩原ちゃんかて、人撃たれへんやろ。そんでも十分戦えてるやん」
 戦闘員でも人が撃てない例外はいた。それが二宮隊の鳩原未来はとはらみらいだ。ポジションは狙撃手で狙撃技術が高く、対戦相手の武器や地形を破壊することで部隊に貢献している。
「なゆたには鳩原ちゃんみたいな技術ないやろ。あいつは人が撃ててナンボや」
「そんなことないやろ。メテオラで地形破壊もしてるし、置き弾戦法もあるし、人撃てへんでもどうにか……」
「ならんでしょ。あいつがオペレーターやエンジニアできるとも思わへんし、地元帰るしかないやろ。俺らは戦うためにここに来てんねんから」
 地元に帰るしかない。水上の口からその言葉が出てきて、思わず生駒は彼の肩を掴んでしまった。
「それはあかん!」
「い、イコさん……?」
 水上の目が大きく見開いた。彼だけではない。真織も隠岐も生駒の珍しい様子に驚いている。
「せっかくここで出会って、同じ部隊になってんから、これからも一緒におりたいやん。水上はあんなに安喜ちゃんと仲ええのにどうも思わへんのか?」
「それは……」
「まあまあ、イコさんも落ち着いてください」
 持ち直した隠岐が二人の間に割り込んでくる。それで少し、生駒の頭が冷えた。ガラにもなく取り乱してしまったようだ。
「あいつかて色々ありますよ。そういう気分ちゃうんでしょ、多分。本人が二月までにどうにかするって言うてるんやから、そっとしときましょ。もし、やすきちがあかん、助けてくれって言うてきたら、みんなで助けてあげましょ」
 ねえ、と隠岐に言われてしまったら、生駒は頷くしかない。
 しかし、生駒はその結末をすでに知っている。安喜はきっと、二月までに持ち直せない。そして、そのまま、生駒隊を去っていくのだ。今、生駒にできるのは彼女をいかにしてボーダーに残すかどうかだ。
「ウチ、なゆた探してくるわ。話聞くくらいしかできひんし、なゆたには昔からそうやって助けられてきたから」
「マリオは優しいなあ。でも、やすきちはたまに警戒区域におるからな。おれも行くわ」
 真織と隠岐がそう言って、作戦室を出て行ってしまう。残されたのは水上と生駒の二人だけだが、さっきのこともあってなんだかバツが悪い。
「……安喜ちゃんのことは隠岐とマリオちゃんが行ってくれてるし。俺、個人ランク戦でもやってこよかな」
「ほな、俺は、詰将棋でもします」
 ぎこちないながら、無駄にやることを宣言してから、水上は奥の部屋に入り、生駒は作戦室を出た。正直なところ、個人ランク戦とかそういう気分ではない。とにかく、作戦室を出る口実が欲しかった。それに誰かと一戦交えれば、気分が少しでも変わるかもしれない。
 浮かない顔のまま個人ランク戦会場に入ると戦闘用の換装をする。戦闘体ではゴーグルを着用しているし、相手にその表情を読まれることはないだろう。
 ちょうどいい相手はいないか、うろうろしていると不足ない相手の方から声をかけてきた。太刀川隊の太刀川慶たちかわけいだ。生駒を見つけるなり、微笑みながら片手を上げてくいる。
「お、生駒。ランク戦やらね?」
「ええですね〜。やりましょ」
 太刀川ほど油断ならない攻撃手ならば余計なことを考える隙もないだろう。二つ返事で彼の誘いに乗ることにした。
「なあなあ、あれやってくれよ、あれ。すっげー伸びる旋空孤月。生駒とやるときはあれがおもしれーんだよな」
 ははは、と楽しげに笑う太刀川と一度別れて、各々空いているブースに入った。
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