旧生駒隊C


 真織のオペレートで生駒と隠岐が安喜を見つけたのは閉鎖された南早沼駅の構内であった。元は無人駅だったそこはそんなに広くなくて、入り口に切符売り場と改札があるくらいだ。忘れ去られて朽ち果てかけたホーム、自動販売機の隣に備え付けられたベンチに彼女は一人膝を抱えて座っていた。
 今日は一層サイドエフェクトが作用しているのか、本当に気配がない。真織が言ってくれなければ、見つけられなかったかもしれない。
「安喜ちゃん」
 項垂れている彼女に声をかけると驚いたように顔を上げた。生身ではないから目が腫れている、ということはない。しかし、彼女のこんなに悲しそうな顔は見たことがない。彼女にこんな顔をさせるくらいなら、もっと早く早沼支部に行けばよかった。もしかしたら、迅の未来視を覆すことができたかもしれない。
 早沼支部所属のA級フリー隊員の小豆畑という男がボーダー支給の端末で生駒に連絡してきた。連絡内容はそちらの隊員を二人ほどここで預かっているから来てほしい、というものだった。
 とうとうこのときが来たか。そのメッセージを見たとき、生駒は直感した。すぐに真織と隠岐にメッセージを送り、三人で支部に向かったのだった。防衛任務で何度か来たことがあるので場所はすぐわかった。
「イコさん、おっきー、なんで……」
「こんなカワイイ子、見つけられへんわけないやろ」
「バッグワーム、しとけばよかった」
 誰にも見つかりたくなかったのか、安喜が呟く。隠岐と二人、彼女の顔を覗き込むようにしゃがみこんだ。
「ウチ、生駒隊にいらん人間なんですよ。なんで探しに来たんですか?」
 いつになくブスッとしている安喜の頭を生駒がぽんぽん撫でた。
「ウチ、人撃たれへんし。ランク戦でも使えへんでしょ……」
「そんなんしゃーないやん。安喜ちゃんが撃ちたないねんから。それでええねん。人なんて撃てんでもええ。ランク戦で活躍なんかせんでもええ。俺は安喜ちゃんにここにおってほしい」
「……っ!」
 生駒の言葉に安喜の目の光が揺れる。
「同じ部隊になってから、今までずっと一緒やったわけやし、おれもここにおってほしいって思ってる。マリオもそうやろ。おれらよりずっと付き合い長いわけやし」
『いきなりウチに振るなや。でも、隠岐の言う通りやわ。なあ、こんなとこおらんとはよ帰っといでや。ウチ、なゆたがおらんと寂しいわ』
 通信が繋がっているのか、真織の声が聞こえる。友人二人の言葉に安喜は今にも泣きそうな顔をしていた。トリオン体だから涙は出ても少しだけだが、生身なら大変なことになっているかもしれない。
「……でも、センパイはいらんって言うてましたよ」
「あいつは言い方相当悪い方やからなあ。地元帰れって言うたんもあいつなりに考えた結果なんかもしれん。多分、俺らと見えてるもんがちゃうと思うから。俺らは安喜ちゃんとずっと一緒におりたいって思ったけど、あいつは安喜ちゃんの将来とか考えたんちゃうやろか」
「……いらんことばっかり考えてますね、あの人」
「ほんまやんなあ」
 水上の話をして、やっと安喜が少しだけ笑った。つられて、生駒と隠岐も笑う。
『あの人、いらんことしか考えてへんけど、なゆたにここにおってほしいって思ってると思うで。なゆたの能力とかサイドエフェクトとか一番評価してんの先輩やし。そのなゆたが人撃てへんなったから、悲しかったんちゃうかな」
「センパイ……」
 確かに真織の言う通りなのかもしれない。同じ射手として、一番安喜と対峙してきたからこそ、その彼女が人を撃てなくなって悲しいのだ。多分、それに本人に気づいていない。
「誰も安喜ちゃんのこといらんなんて思ってへんからな。こんなとこおらんとはよ帰ろか」
「あ、小豆畑さんから連絡来てますよ。晩ごはん作って待ってる……そっか、もうそんな時間なんやなあ」
『うん。さっきからめっちゃ美味しそうなにおいしてる。古賀くんらも待ってるから、はよ帰っといで』
 生駒と隠岐が手を差し伸べると彼女は贅沢にも両手でその手を取った。
「大変ご迷惑おかけしました。帰ります。お腹すいたし!」
 そう言った、安喜の表情は満点の笑顔であった。


 そこから安喜の生駒隊除隊と早沼支部への転属の話はあっという間に進んだ。一週間足らずだったかもしれない。
 
 生駒たちは別に人が撃てなくても、部隊にいていいと言ったのだが、安喜がそれを負い目に感じてしまって辛いと言うのでしぶしぶ了承した。結局迅の未来視通りになってしまった。支部への転属も生駒が迅に頼んで玉狛支部に預けようかと思っていたのだが、彼女の縁が早沼の方が深く、小豆畑らのラブコールも激しかったので、早沼支部に即決した。迅もその方がいいと笑っていたので正しい未来を歩ませることができたのだろう。
「今まで大変お世話になりました。今後のランク戦の健闘をお祈りしております。ありがとうございました!」
 一月末日。制服姿の安喜は教科書を満タンに入れた通学用のリュックを背負い、本部の自室と作戦室に置いていた私物をまとめた段ボール箱を持って、笑顔で元の仲間たちに頭を下げた。生駒も、隠岐も、真織もみんな晴れやかな表情で彼女を見ているが、水上だけがどこかバツが悪そうにしている。
「センパイ、大事な後輩の門出で何口笛吹いてるんですか! 舐めてるんですか?」
「いや、口笛なんか吹いてへんわ。何をどう見て、お前はそう思ってん」
「じゃあ、口笛吹いて見てくださいよ」
 安喜に言われて、水上が口笛を吹く。
「ほらやっぱり吹いてる……」
「やかましいわ」
「小豆畑さんがまた対局しよって言うてましたよ。ウチの顔を見に来るついでに行ってあげてくださいね」
「いや、普通に対局メインで行くわ。あの人、性格悪いけど強いし」
 安喜の方からウザ絡みをされたのが意外だったのか、面食らいながらも水上はいつも通りの対応をしている。それを見て、他のメンツはホッとしていた。
「小豆畑さんらがおるから心配はしてへんけど、身体に気ぃつけてな」
「警戒区域の散歩もほどほどにしーやー」
「またここ遊びに来てや。なゆたがおらんなったら……ウチも寂しいし」
「マリオ〜!」
「なんやの! 鬱陶しいな!」
 頬を赤らめながらの真織の発言に安喜は段ボールを水上に押し付けて、涙を流しながら彼女に抱きつく。他のメンツもニヤニヤしていて、「その顔やめろや!」と更なる彼女の怒りを買った。別に安喜はここを離れるわけでもなく、単に支部へ転属するだけなのだが……。
 この場に自分がいて、水上がいて、隠岐がいて、真織がいて……離れていても、安喜がいる。水上と安喜の関係や、空いてしまった生駒隊の一枠など課題はまだあるが、これができる限りで最良の未来なのだ。生駒は心の中でそれを噛み締めた。
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