夕飯の後、近所の銭湯まで風呂に入りに行った。タイミング悪く、民宿の風呂は大浴場に改修中だったのだ。寝間着と下着と風呂セットを入れた鞄や袋を持って、九人で出かけたのだが案の定騒がしかった。
生駒と海と安喜は男湯と女湯を仕切る衝立越しに大声で会話をし始め、そういうストッパー役である水上と真織がそれを咎め、颯太はおろおろし、隠岐と小豆畑と丸は我関せずでゆっくりと風呂を楽しんだ。
首まで湯船に浸かると銭湯って本当に壁に大きく富士山が描かれているんだなあ、とのんびり雄大に描かれた富士山を見上げた。絶景だった。
やはり、いつもと違う場所に行くというのはいいものだ。隠岐は地元を離れてはいるが、三門市にも長くいるので第二の故郷のように感じてきたのでもはや新鮮味はない。そこでこの合宿だ。遠征選抜試験でも一週間くらいいつもと違うメンツでいつもと違う生活をしたが、当たり前ながらそれとはまったく違った。あれはあれなりに楽しかったが、こっちは解放感があっていい。
今、他のメンツは銭湯と民宿の間にある個人経営の小さなスーパーでアイスやおやつ、ジュースなどの調達をしている。隠岐は自分が飲みたいジュースとおやつを安喜に伝えると先に一人でぶらぶら浜辺を歩きながら、民宿へと戻っていた。
夜の海は静かだ。波の音がざざざ、と静かに近づいてくる。暗い水平線がどこまでもどこまでも広がっていた。空を見上げてみれば、月は雲に隠されていた。
「隠岐!」
ぼんやり暗い海を眺めていると自分を呼ぶ声がして、サンダルが砂を踏む音がこちらへと近づいてくる。振り返ると暗闇の中に寝間着姿の真織が見えた。
「マリオ、みんなとおらんでええん?」
「別に買い物なんかみんなで行かんでええやろ。とりあえず、なゆたにお願いしてウチも出てきた」
真織はそう言って、さらっと隠岐の隣を歩きだした。やすきちとおらんでええんか。そう思ったが、彼女の機嫌を損ねてしまいそうで何も言わなかった。
「何や暗いなあ。あ、雲に隠れてるからか」
「晴れとったら明るいんやろけどなあ」
真織と二人で海を見て歩きながら、ぼんやりこれまでのことを思い返す。去年の年末から本当に色々あった。ラッド掃討戦に、アフトクラトルからの大規模侵攻もあったし、その後のランク戦は上位に残れたものの四位で終わった。それから、遠征選抜試験や実際の遠征や防衛戦もあった。三門に来てからここまで忙しかったのは初めてかもしれない。なんだか、ここ数ヶ月で二年分くらい歳をとった気分だ。しかし、今は真織とこんなにも穏やかな時間を過ごせている。
「どないしたん? えらい黙って」
「おれ、元からそんなしゃべるほうちゃうやろ」
「まあ、そうやな」
もう真織との付き合いも長いから、お互い黙っていてもその時間は苦痛ではない。こんなところを他のメンツに見られたらニヤニヤ笑いながら絡まれそうで、早く帰りたい気持ちもあるが、このまま、もうしばらく海辺を歩いていたい。
「なんか、こっち来てから色々あったなあって思って」
「確かにそうやな。なゆたと一緒に三門に来て、イコさんに誘われて生駒隊に入って、なゆたが人撃てなくなって除隊して、入れ替わりに海が入ってきて……あんたらのこと怒ったり、あんたらに泣かされたりしたけど、まあ飽きひんわ。あんたらとおったら」
「おれも飽きひん。イコさんも先輩も海も、やすきちもおもろいし、マリオからかうのもおもろいな」
「やかましいわ!」
バシッ、と勢いよく真織が背中を叩いてくる。地味に痛かった。それでも、わかりやすく反応する彼女が面白くて笑ってしまう。
「ほんま、マリオおもろいわ。あ、隠岐ほんまにやかましいなって顔してる」
「どんな顔やねん、それ……」
これ以上相手をするのは無駄と考えたのか、真織が呆れたようにため息を吐く。からかうと怒るのがカワイイのだが、呆れるのもまたカワイイと思う。こればっかりは惚れた弱みだ。
「ここ数ヶ月はもっと色んなことあったよな」
「ほんまやな。でも、その分オペレーターとしてスキルアップできたと思うねん」
「閉鎖環境試験ではずーっとヒュースくんの面倒見てたって言うてたな」
「そうそう、あの子、カナダ人やから、ウチが読んだらな日本語もわからへんねんな。話すのはトリオン体やから問題ないねんけど。でも、日本語も読めんくせに態度だけはデカいねん」
「なんやそれ。ヒュースくんめっちゃおもろいやん」
「面倒見てたウチの成績も悪なったけどな……。あんたは諏訪さんの部隊でめっちゃ楽やったんちゃう?」
「香取ちゃんと三雲くんで色々あったりしたけどな〜」
「隠岐も諏訪さんの部隊で三雲くんとか違うメンツと組んで、成長したんちゃう?」
「まあせやな〜。ていうか、みんなパワーアップした感はあるやろ」
「これは次のランク戦が楽しみやな」
真織の方を見ると彼女も隠岐を見ていた。自然と目が合って、何故か笑いが込み上げてきた。真織も同じだったようで、笑い出す。二人でひとしきり笑う。
「いや、なんで急に笑うん」
「マリオがこっち見とったから」
「なにそれ……」
穏やかで、静かで、楽しい時間だ。この時間がずっと続けばいい。
しばらく浜辺に座って真織と会話をした後、やっと民宿に戻った。買い物をしていたメンツはもうみんな戻ってきていて、戻ってきた二人を迎えた小豆畑が「これって、昨夜はお楽しみでしたね系のやつ?」と訊ねてきたので、隠岐は曖昧に笑っておいた。隣で真織が全力で否定していた。そこまで否定しなくていいだろうと言うくらい否定していたし、半分くらい隠岐の人格否定も入っていたと思う。そこまで言わなくてもいいのに。
結構長い間話し込んでいたようで戻ってきたメンツは騒ぎ疲れて、小豆畑の部屋……と襖を開けて繋がった丸と颯太の部屋ですでに雑魚寝をしていた。全員、小豆畑が被せたのかタオルケットをかぶっている。
まず、丸がうつ伏せに倒れ込んでいて、颯太がその近くですやすや布団に入って眠っている。早いうちに布団を敷いていたのかもしれない。
生駒は窓際に背中を預け、腕を組んだまま眠っていた。さながら、寝ながらも隙がない武士のようである。ためしに鼻を摘んでみたが起きなかった。隙しかない。海はあぐらをかいた生駒の膝を枕にして、寝ていた。夢の中ではカワイイ女の子に膝枕をされているのかもしれない。彼の寝顔はどこか嬉しそうだった。
水上は座布団を枕にして横になっている。彼ならさっさと切り上げて部屋に帰りそうだと思ったのに意外だ。安喜はその背中にへばりついて寝ている。真織がいなかったからだろう。しかも、一枚のタオルケットに一緒に入っているあたり、小豆畑の悪意しか感じない。これこそ昨夜はお楽しみでしたね系のやつだと思うのだがどうか。そう思って小豆畑の顔を見る。
「それね、起きたときの水上くんの反応が楽しみだからそのままにしてる。これ見ながら一晩起きてようかな」
「そんな理由で夜更かしとか、時間の無駄ちゃいます? せめて、スマホのビデオ回したまんま置いとくとかにしましょ」
「なるほど。隠岐くん頭いいね」
「アホや……アホの会話や」
そう言いながらも、真織も笑いを堪えながらスマートフォンでみんなの寝姿を撮影している。十分彼女のもアホの一人である。
「隠岐くんたちはどこで寝る?」
荷物からスマートフォン用の三脚を取り出し、ビデオの準備をしながら小豆畑が訊ねてくる。隠岐がしばらく考えてから口を開いた。
「うーん、楽しそうやからおれもここで寝ます。マリオは別に部屋戻ってええけど」
「女子がなゆた一人になるんで、ウチもこっちで寝ます」
真織が部屋に戻らないのは意外だったが、それが安喜のためだというのはなんとなく納得がいく。いくら、想いを通じ合わせた仲間たちとはいえ、男女だ。そこで女子が一人、男たちの中に放り込まれているのはどうなのだと思ったのだろう。
「君たちには布団敷くよ。一組でいい?」
「二組でお願いします。ウチ、こいつとは絶対寝ないんで」
何もそこまで言わなくてもいいだろう。
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