安喜なゆたD


 合宿二日目はまさに鬼の小豆畑による鬼の特訓であった。朝から民宿のある周辺を一周させられた上に砂浜ダッシュもした。昼ごはんを食べてからは筋トレ、さらにその後、もう一度朝と同じ場所を一周した。多分ざっと五キロくらいはあったように思う。
 体力作りの後は早沼のメンバーと生駒隊で模擬戦を行った。小豆畑から笑顔でそう言い渡された水上の「まだやるんか……」という絶望した顔が忘れられない。この二部隊の勝率は大体五分五分くらいだった。
 今日はよく身体を動かしたからか、風呂から帰ってきた頃にはみんな部屋に戻っていった。帰る準備を終えたら、すぐに寝るのだろう。しかし、なゆたはイマイチ眠れずに窓から漁船が沖へ出ていくのを眺めていた。すでに真織は布団に入っているので電気は消してある。外は満月だからか電気がなくても部屋は十分明るかった。
「なゆたもはよ寝ぇや……」
「寝られへん。海きれいやし」
「布団入って、目つぶってたら、ねれる……」
 そう言っているうちに真織は寝てしまったらしい。健やかな寝息が聞こえてくる。彼女を起こすのもアレなのでなゆたはこっそりと部屋を出た。武内夫妻は起きているのか、廊下と階下の電気はついていた。他の部屋も真織と同じようにすでに寝ているのか、廊下は静かだった。とりあえず、階下へと降りる。
 武内夫妻の部屋から聞こえてくるテレビの音になんとなく耳を傾けながら、食堂に入ると先客がいた。水上だ。昨日買った二リットルのペットボトルのお茶を紙コップに注いでいるところだった。
「センパイ、わたしにもそれ入れてください!」
「ウワッびっくりした! 自分で入れろ!」
 いきなり声をかけたからか、思い切り紙コップからお茶が溢れる。キレた水上にペットボトルを押し付けられて、仕方なく自分で紙コップにお茶を注いだ。
「イコさん、もう寝てはるんですか?」
「とっくの昔に寝てはる。今日はもうみんな寝てるんちゃうか?」
「廊下めっちゃ静かでしたしね〜。おっきーは起きてそうですけどね」
 適当にイスを引っ張り出すとそこに座って、世間話をしながら二人でお茶を飲む。
「いや〜、今朝はびっくりした。いきなりセンパイがアホみたいな悲鳴あげるんやもん」
「起きていきなり隣に女おったらびっくりするやろ。そもそもなんでお前はあそこにおったんや」
「マリオもおらへんかったし、ちょうどええとこにちょうどええのがおるな〜って思って」
「曖昧すぎやろ……」
 今朝は水上の悲鳴でなゆたは目を覚ました。目が覚めたら、女に抱きつかれていたのだから大声をあげて当然である。小豆畑がスマートフォン片手にゲラゲラ笑っていたので、確実にあの男の陰謀だ。
「お前そんな認識やったら、いつかおかしな男に引っ掛かるぞ」
「わかりました。気ぃつけまーす」
「ほんまにわかっとるんか」
 イマイチ捉えどころのない返事に水上は呆れているが、なゆたはどこ吹く風でお茶を飲んだ。壁にかかった時計の秒針の音だけがやたら響く。
 長いつきあいだから特に何か話すことがなくても困らないのだが、なんとなく話題を探す。なんとなくあれにしようと口を開いた。
「来季から早沼第一でB級ランク戦出ることになったんですよ」
「えっ、ほんまかそれ」
「颯太も部隊オペ慣れてきたし、マルもある程度時間の融通効くようになって、小豆畑さんもなんか踏ん切りついたみたいなんで。なぎさちゃんがおらんのはちょっと残念やけど……まあ仕方ないですからね」
 早沼のメンバーの一人だった薙沙は第二次大規模侵攻でエンジニアだった夫を喪った。たまたま通信室まで機材の修理に出向いていたときに人型近界民の襲撃にあったそうだ。それ以来、いつもの元気をすっかりなくしてしまった薙沙は三門市にいてもつらいだけだからと言って、ボーダーをやめた。今は梨子を連れて、隣町に引っ越している。
「ああ、颯太に部隊オペの練習させるために今回の合宿組んだんか、あの人」
「えへへ、実は。颯太のオペ、結構やりやすかったですよ」
「どうせランク戦参加せん部隊やと思って、思いっきり手の内明かしてしもたわ……」
「手の内明かしてんのはこっちも一緒なんで別にええでしょ」
 生駒隊と何度か模擬戦をして、十分B級でも通用するという手応えはあった。そもそも、小豆畑はA級部隊を率いていたし、丸もなゆたもそれなりに実力者ではあるのでB級下位戦は楽勝で勝てるだろう。
「B級下位からのスタートになるんですけど、完封できたら、センパイが中位戦の解説してくださいよ」
「なんで俺がそんなことせなあかんねん。イコさんに頼め」
「いやあ、ちょうどここにおったんで……。はい、決定。よろしくお願いしますね。終わったら、桜子ちゃんから音源もらお!」
「お前、完封する気でおるんか。まあ、小豆畑さんもマルも強いからいけるやろけどな」
 渋っておきながら、水上も解説をする気でいる。怠がりながらもなんだかんだでやってくれるのがこの男のいいところだと思う。紙コップのお茶をぐいっと飲み干して、ゴミ箱に紙コップを捨てると席を立った。
「ほなよろしくおねがいしますね。おやすみなさい!」
「おやすみ」
 水上の声を背中で聞きながら、食堂を後にする。六月からのB級ランク戦が楽しみだ。
 冬にどん底まで気持ちを沈ませておきながら、今こう思えるのは生駒と水上ら、生駒隊のメンツのおかげだ。小学生の頃、自分を見つけてくれて、これまで支えてきてくれた真織、警戒区域まで逃げ出していったのを生駒と共に追いかけてきてくれた隠岐、鬱陶しいと感じているだろうになんだかんだで面倒を見てくれる水上ととんでもない荒療治でなゆたを復活させてくれた生駒。部隊は違えど、みんな、今でもなゆたにとってかけがえのない仲間である。

 次のランク戦ではどこまでいけるだろうか。できるならば、上位まで上がって、生駒隊とぶつかりたいところだ。

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