細井真織B


 三門市という名前も知らない、どこの都道府県にあるのかもわからない都市に近界民ネイバーという未知の存在が大規模な侵攻を起こしたのは真織となゆたがそういう経緯を経て、同じ中学に進学した頃のことだった。

 ある日曜日、真織はなゆたの家で一緒にお昼を食べていた。食卓には土日が休みではない仕事をしているなゆたの両親以外、なゆたの祖母と姉がいて、昼食は祖母が作ってくれた炒飯だった。
 炒飯にオイスターソースをかけすぎて、姉に怒られるなゆたを見て笑いながら、なんとなしにつきっぱなしのテレビを見るとそれまでやっていたお昼のバラエティからいきなり報道特番に番組が変わった。
 どこぞの県にある三門市という街に謎の巨大生命体が現れて、次々に街を破壊し、人を食っているのだと真剣な顔をしたアナウンサーが報じた。その後に画面が切り替わって、昼なのに薄暗い三門市の様子が映る。テレビ局から生中継されているのだというその映像には遠目に何か大きな生き物が動いているのが見えた。きっとその周りは無事ではない。
 次に一番被害の大きい地域から命からがら逃げ出してきたというカメラマンが撮ってきた映像に切り替わる。街を破壊しながら巨大生物が追ってきていて、カメラマンも逃げているからかカメラが大きく揺れている。こんな揺れたら気持ち悪なるわ、となゆたの祖母が呟いた。一つ目の、巨大生物が大きな口を開き、カメラマンと同じように逃げている近くにいた人々を平らげてしまった。誰のものともしれない悲鳴が響き渡り、再び画面が大きく揺れだした。チラリと見えた瓦礫の下に人の手や足が見える。とても、現実の世界で撮られた映像とは思えなかった。
 再び画面がアナウンサーのいるスタジオに切り替わって、今度は速報のテロップが流れる。犠牲者と行方不明者、負傷者の数だった。きっと、これからも増えるのだろうな。さっきの映像を思い出しながら、真織はそう思った。
 関西で起きたことではないが、血の気が引いた。どうにか、これは間違えて流されたパニック映画だと思いたかったが、やっぱり現実で犠牲者と行方不明者はテロップが流れるたびに増える一方であった。
 血の気が引いた真織に対して安喜家の人々はみんな無関心で普通に炒飯を食べている。なゆたの姉に「マリオちゃんもおかわりいる?」と訊ねられたが無言で首を横に振った。
「なゆた……」
「三門市ってとこ、大変やなあ」
「そんな、他人事みたいに言わんでええやん」
「三門市って関東の方の街みたいやし、その辺の人らがどうにかするやろ。ウチらにできることってないやん」
 確かにそうだ。真織にはあの巨大生物を倒す力もない。食われた人を助けることもできないし、死んだ人を生き返らせる力はない。この、哀れな街のために何もできないのだ。
「……なゆたって案外冷たいよな」
「ウチかて、あんな映像見せられたら怖いなって思うし、なんかしたいなって気持ちも湧かんでもないけど、ホンマ、なんもできひんやん。気軽にボランティアができる年齢でもないし、できること言うたら、募金くらいちゃうかなあ。あのデカいやつと戦えるくらいの力がウチにあればええねんけどな」
 そんなん、あるわけないし。
 真織はなゆたに八つ当たりしてしまったことを恥じた。彼女は彼女なりにこの惨状に対して思うところはあったし、力さえあればどうにかしたいと思う気持ちはあるのだ。
「うちらは普通にしとったらええんよ。ほら、マリオちゃんおやつ食べる?」
「……はい」
 炒飯の皿を片付けたなゆたの姉がシューアイスを四つ持って訊ねてくる。ぎこちない手つきで食べたそれはあまり味を感じられなかった。

 その後、三門市の一件はボーダーという謎の組織によって鎮圧された。
 そして、そのボーダーのスカウトが関西までやってきて、才能を見出され、二人がボーダーに入るのはそれから二年後の話になる。
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