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花香るささやかな幸せ



僕はとある町の一角に出来た花屋のバイトをしている平凡な学生です。勉強も忙しいけど花屋のバイトでも覚えることが多くて忙しいです。だけどバイト先の先輩が、不器用で無愛想ながらも丁寧に優しく教えてくれるのでなんとか頑張っています。その先輩は天然なのか、時々辛辣な言葉を投げてきますが。その先輩はインドの方で、名前をカルナさんと言います。今日も学校帰りに出勤したのですが、今は休憩中です。


「疲れた」


控え室でほっと溜息を吐く。今月に入ってやたらと客足が伸びたのです。おおかたバレンタインデーが影響しているのでしょう。世間はバレンタインやらチョコやらで賑わいを見せています。お客さんの笑顔を見て悪い気はしないので、そういう人達は頑張って欲しいと思います。さて、そろそろ店先に行きましょうか。そう思って携帯をしまい、控え室を出る。


「あれ? カルナさん?」


店先には同じく休憩中のはずのカルナさんが立っていた。もう休憩を切り上げたのでしょうか。仕事熱心だなんて、僕もまだまだです。カルナさんを見習わなければなりませんね。


「カルナさ」


背後から声を掛けようと思って近付いた時、カルナさんが携帯を耳に当てていることに気づく。おっと、通話中でしたか。まだ休憩の時間なので特に注意するでもなく、僕はそっと距離を取りました。だけどカルナさんが普段とは違って少し饒舌気味だったので、もしかしたら恋人さんなのかなと気になって、少し近づいてみた。気付かれた時のためにあくまで花の手入れをしている体を装って、少し聞き耳を立ててみる。ごめんなさいカルナさん! でもどうしても気になるんです。


「ああ。今日は六時前には帰れそうだ」


誰かと同居しているのでしょうか。


「牛乳と食パンが切れていたと思うが。買い出しか? いや構わない。帰る途中で買って行こう」


どうやら同居中のお相手さんと話しているようです。恋人なのでしょうか。


「お前は何時に帰ってくるんだ? そうか、では帰りは俺が迎えに行こう。気にするな、俺がしたくてしていることだからな」


おおっ、恋人さんを迎えに行くだなんて紳士の鑑ですね。


「マスター、そろそろ戻る時間だろう。切るぞ」


終了するの早くないですか? さっきの優しげなセリフから一転したので、ぎょっとしてカルナさんの方に顔を向けた。


「ああ、俺もだ」


そう言ったカルナさんの表情は、とても穏やかで幸せそうでした。微かに綻ばせた笑みは、見ているこちらが暖かくなります。カルナさんの言っていた「マスター」というのはよく解らないけど、カルナさんにとってとても大切な人ということは伝わってきました。普段は無表情で何を考えているか解らないカルナさんですが、通話相手との会話に頬が緩んだ今のカルナさんは、僕達と一緒な人間なのだと、そう思いました。あなたに幸運がついていますように。