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甘い夢



昼間に暖かさが見え始めた今日この頃。私は相も変わらず炬燵で出不精生活を謳歌していた。


「あー、炬燵気持ちいー」


人の体温よりも暖かく、ふわふわな炬燵布団に半身を包まれ、更にテーブルの上には生命線と言っても過言ではないパソコンがゲーム画面を開いたまま置いてある。夢にまで見た炬燵ライフ。ああっ! なんと心地好いものだろうか! 流石日本。日本万歳。座り心地の良いローチェアの上でぐーっと背筋を伸ばせば、私の上にひとつの影が落とされた。


「マスター。食事の時間を大幅に過ぎているようですが、いつ食べるのですか?」


「怖い顔しなさんなって、アルジュナさんよ」


「昨日も昼食を摂っていません。今日も摂らないつもりですか? もしそうであれば、マスターが嫌いと仰っていたブロッコリーを食させますが?」


「鬼だね、君」


いかにも不機嫌ですと書いた面持ちのアルジュナだった。語調も声音も通常の平静ではあるものの、目がそれを全く物語っていない。むしろ「言うことを聞かなければ実行します」という鬼の宣告さえしている。そもマスターに嫌いな物を食べさせるなんて、有能なサーヴァントがすることじゃないよ。君は、人の嫌がることはしちゃダメだって教わらなかったの? なんて口論しても暖簾に腕押し、馬耳東風の限りだ。だからといってこのオアシスから出たいとも、その気も起きない。だってこのまま寝たいもん。


「起きてくださいマスター。このような場所で寝てしまえば、風邪を引いてしまいます」


「んー」


「ああ、目を瞑られてしまった」


だんだんと意識がぼやけていく。怒っているであろうアルジュナの声すら遠くに感じる。微睡みに浸かる寸前の私の頭が少し持ち上げられるのが解った。突然良い香りに包まれたので、少しびっくりして鉛の如き瞼を懸命に持ち上げれば、アルジュナの顔が見えた。山ほどある文句を不服ながらもやむなしと押し込めた、そんな顔だ。後頭部にはごつごつとした何かが当たっている。なんだろう、これは。ここでアルジュナの糸のように結ばれた唇が私を見下ろしたまま動いた。


「小さな椅子では満足に寝付けないでしょう。このアルジュナの太腿を枕代わりにお使いください。寝心地は枕には劣りますが、椅子よりかは幾分か良い筈です」


なるほど、これはアルジュナの太腿か。ということはつまり今「膝枕」をされているわけか。私の頭はいつも鈍重よろしくさながら一足す一すらも解らない赤子のようだが、今だけは現状把握が驚く程に早く理解できた。携帯小説も捨てたものじゃないな。そんなことをますます回転が遅くなった頭の中で思う。確かに彼の言うとおり、愛用している押せばすぐに起き上がってくるふわふわな枕と同じ寝心地とまでは行かない。だがそれでも椅子より暖かく、簡単に寝落ちしてしまいそうだ。椅子よりも断然こっちの方がいい。


「随分疲れが溜まっているようですね。しばらくはこのままお休みください。私が見守っていますので」


私の髪がさらりと揺れる。撫でられているように感じるのは、事実彼が撫でているからだ。撫でられる度、アルジュナが纏う温かくて落ち着く香りがふわりと漂う。はんなりと香るそれに私の眠気が助長されたのは言うまでもないだろう。ああダメだ。寝ちゃいそう。開けていた両瞼の重さに耐え切れず、いよいよ視界は真っ暗に染まった。同時にゆっくりと眠りの波に呑み込まれていく。自分の腹部に置いていた指が床へぱたりと落ちる。


「おやすみなさい、マスター」


彼の泰然であやす声を最後に、私の意識はぱったりと途切れた。