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今度は君の番



普段頭を撫でてもらったことがなさそうな人ほど、私はその人を撫でてみたいと思う。いや、単純に甘やかしたいだけなのかもしれないが。なんて言うのだろう、おそらく無いであろう母性本能が首をもたげてしまうのだ。だから彼が兄だと知った時、いつものそれがほろっと零れるように出てしまった。


「頭撫でてみたい」


何気なしに聞いた彼の家族構成。何やら複雑な家庭であることは解ったが、私のサーヴァントが実は長男であることを聞いて、自分でも無意識にそれを言っていた。言った私も言われた彼も目を丸くしている。


「俺をか?」


カルナが目を瞬かせるのも無理はないだろう。何せ唐突な申し出だったのだから。それに言った私でさえ何を言ったのかまるで理解していなかった。いくら私に忠誠を誓った身だからとはいえ、一人の男性、しかも私よりはるかに歳上の人の頭を撫でるというのは非礼に値するかもしれないだろう。気分を害させてしまったかもしれない。前々からの私の悪癖だ。私はカルナに謝罪しようと口を開いた。


「ごめん急に。気にしなくていいよ」


「いや、俺は構わないが」


「嫌だよね、って、え? いいの?」


「ああ」


今度は私が彼に目を瞬かせる番だった。意外にも彼はあっさりと、それこそ一切の躊躇いも迷いもなく了承したので、ついぽけっと放心してしまった。言った手前で何だが、そんなあっさりでいいのだろうか。だがよく考えればカルナという人なりはこういうものだったような気がする。最終的な決定権は私に委ねる彼のスタンスに慣れた気で居たが、どうやらまだまだ序の口だったらしい。せっかく彼がオーケーしているんだ、逆にここで逡巡する方が返って非礼に当たるだろう。私は最終的に、彼の頭を撫でることにした。


「じゃあお言葉に甘えて」


爪先と腕を伸ばし身長差を詰める。幸い大した差異でなかったため、腕や足がぷるぷると震える心配はしなくて済みそうだ。恐る恐るといった感じにカルナの白髪にそっと触れてみる。


「おおっ、柔らかい」


「そうか? 自分では気にしたことはなかったが」


「いや柔らかいよ! すごいね、いつまでも撫でていられるよ」


手のひらで凹ませても全く毛先が平に刺さらない。それよか弾力も感じられるし、さらりと動かせば反抗するものなくまるで絹の表面を撫でているみたいに柔らかい。ちょっとした好奇心から頭を軽くぽんぽんしてみる。するとどうだろう。絹のような柔らかく滑らかな髪は、さながらヨーヨーを突くが如くすぐさま手のひらに吸い付いてくる。凄い弾力だ。これで大した手入れはしていないと言う彼に内心脱帽してしまった。


「マスターにこうされるのは存外悪くないな」


無表情な石仏が綻んだ瞬間だった。ふっと緩ませた目元をみて、こちらも嬉しくなる。もしかしたら私が長男気質な人を甘やかしたい理由って、ここにあるのかもしれない。だとすれば私は近い将来とんだ御節介者になるであろう。それでもカルナに嫌われなければよいが。よしよしと撫でていたら、何の前触れもなくカルナは私の手を取った。


「カルナ?」


「もういいだろう」


「ああごめん、つい夢中になっちゃったよ。ありがとう」


どうやら少々撫で過ぎてしまったらしい。ひとしきりの要求を呑んでくれた彼に礼を言って手を解いてもらう。するとすぐさまもう一度手首を掴まれてしまった。驚いて見つめ返す。


「どうしたの?」


「俺は満足した。今度はお前の番だろう」


「えっ、私はいいよ。大丈夫」


思いもしない発言に空いている方の手を振って気にするなと言う。私の番ってことはつまり、今度は私がカルナに撫でられるというわけで、それなら控えめに言ってやめてもらいたい。撫でるのはいいが撫でられるには慣れていない上に、私は生来撫でられたことが無い。さっきも言ったが根っこから人を甘やかすことが私に向いているのだ。だからもし彼が撫でてもらった返しがしたいというなら、それはもうぜひとも気にしないで欲しい。そも私が言い出したのだし。


「俺に撫でられるのは嫌か?」


「嫌ってわけじゃないけど」


「なら受け入れてくれ」


カルナって要所要所頑固になるよね。知ってたけど。あまりにも真剣に見つめてくるものだから、最終的にとうとう私が根負けしてしまい、渋りながらも受け入れることにした。降参の意が肩に現れ、双肩が遣る瀬なく垂れ下がる。ほんと、甘やかされるのはとことん合わないのにな。


「どうぞ」


「失礼する」


これはお見合いか、と思ってしまった。待っていたら彼の手が伸ばされて、私の頭の上に置かれた。全身を覆う黒い鎧みたいな物のせいでそれの感触が少し伝わるが、撫で方は彼らしいというかなんというか。兄だと言っていたわりにはたどたどしく、覚束無いものだった。だけど手のひらは私よりずっと大きくて、撫で方も少々粗雑ではあるがそれでもおおらかな感じは伝わってくる。初めて頭を撫でられるというのは、存外変な気分だ。嬉しいとも嫌とも思わない。胸に渦巻く感情は筆舌に尽くし難い。だけどさっきも言ったとおり、撫でられることを嫌だとは思わなかった。