私よりいくつか下の子供がここ、カルデアのマスターとなってはや一ケ月が過ぎた。当初こそは魔術に関しても歴史に関しても知識量は全くの赤子であったが、今は後輩のマシュや私と同期のカルデアスタッフの尽力もあり、そして本人自身の努力も相まって、今ではレイシフトでのチーム編成の構成まで一人で担うまでに逞しく成長した。
「これでいい? 藤丸くん」
今は明日のレイシフトでのチーム編成と、出没するエネミーのタイプを会議していた。手元の資料から顔を上げ、彼を見遣る。黒髪の蓬髪少年は何やら難しげに資料と睨めっこしていた。もしかして資料が読みづらいか? それとも私の説明に何か落ち度が? そう思い尋ねようとしたと同時に、藤丸少年の顔から気難しさが掻き消える。いつも見る歳相応の明るい表情をさせ、私を見た。
「はい! ありがとうございます」
「そう。それならよかった。解らないところがあれば今日のうちにいつでも聞きに来てね」
「はい。あっ、じゃあひとつ聞きたいんですけど」
「いいよ」
彼は自分の意見や解らないところ、改善点を述べていく。私はそれに相槌を打ちながら聞いている。にしても彼、成長したな。内面だけではなく、外面的にもだ。成長期真っ盛りというのもあるかもしれないが、来た時はかろうじて私の方が背丈は上だったが、今ではそれを優に彼が越している。それに心無しかがっしりしてきた気もする。決してそういう目で彼を見ているわけではなく、単純に当初と比べているだけだ、勘違いしないでほしい。柔っこい彼の手のひらや、ひょろひょろと筋肉の「き」の文字もなかった彼の体躯も、今では歴戦の勇士かくやの如く筋肉が少しづつ主張し始めてきた。手のひらだってまるで岩なのかというほどにがっちりと硬い。成長とは遅いようなもので、その実何よりも早いということか。
「うん。良いアイデアだね、上に掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます!」
「気にしないで。そういえばここに来て一ケ月経つけど、藤丸くんはカルデアの生活に慣れた?」
「なんとかやっていけてる、って感じです。まだレイシフトには慣れていませんし」
苦笑しながら恥ずかしげに肩を落とす彼。気にするなと肩に手を置いた。
「一ケ月前までは極普通の一般人だったんだし、完璧に慣れるわけないよ。むしろ君は一ケ月でよくやっていると言える。決して楽な闘いではないのに弱音ひとつ吐かないんだからね」
私達スタッフはともかく、彼は一ケ月前まで村人Aと同じように凡夫的な生活を送ってきたのだ。その時点で文句の五つや六つは吐いても可笑しくないというのに、その点彼は弱音を吐かずまた諦めることもなく、日々切磋琢磨している。少年がそこまでしている時点で脱帽ものだと、私は思っている。
「英霊達とてスタッフみたく誰も彼もが親切なわけじゃない。気苦労することもあるだろう。その点どう? 仲良くできてる?」
「あ、はい、そこはなんとか。マシュにも助けてもらっているけど、みんなと話すのは楽しいです」
「そっかそっか。まあ長いことお世話になる人達だからね、上手くやっているならそれに越したことはない。良かった」
確かに藤丸少年は誰からも好かれるとまではいかないかもしれないが、それでも嫌われることは余程のことが無い限り早々ならない人柄をしている。素直で人当たりの良い好少年、それが私や同期の第一印象だ。それらが、きっと上手い具合に英霊達と噛み合っているのだろう。聞くところあの英雄王にも一目置かれているらしい。なんというか、流石だ。腕を組んでうんうんと感心していると、藤丸少年はこう言った。
「先輩もいつもありがとうございます」
「えっ、私?」
唐突に多謝をされ、戸惑いの色を隠せない。けれども藤丸少年はしかと首を縦に振り、揺るぎない眼差しで私を見つめる。そこに八方美人や社交辞令という意味が無いことが窺えた。だからこそ尚に戸惑ってしまう。私は何か彼にした覚えはない。つまり感謝される謂れもないのだ。
「何もしてないんだけどなぁ」
「困った時とか今のように編成の時とか、凄く頼りにしてます! 最初ここに来た時も、二進も三進も解らない俺にいろいろ教えてくれたのも先輩ですし、今までお世話になりました」
「なんか、さよならする言い方だね」
くすくす笑えば彼は「そ、そんなつもりで言ってませんよ!?」と慌てふためいた。解ってると宥める。そっか、少しでも彼のお役に立てているのか。ここのスタッフは彼を後援するために集められたわけで、衣を着せずに言ってしまえば彼の教育は私達の仕事の一環でもある。だから改めて感謝されることでもないが、それでも彼の目には「頼れる先輩」に映っているんだろう。仕事の一環とはいえ個人の性格も所以しているので、一概に仕事だと割り切っていない。だから今のように感謝されるのは戸惑いこそすれ嫌いではない。それに一少年の助力になっているのであれば嬉しいとも。
「でも先輩、ここのところ休んでませんよね?」
「目元のメイクは少しばかり濃くしたつもりなんだが、そんなに解る?」
「隠してたんですか?」
「大人の女性は皆するものだよ」
「た、大変ですね。でも休まないと体調を崩してしまいます、それこそ倒れたらナイチンゲールかアスクレピオスに怒られますよ」
藤丸少年が挙げた二人の憮然とした表情が、ありありと脳内に映し出される。そういえばこの前もスタッフの一人がナイチンゲールに連行され、こってり絞られていたな。女傑と名高い彼女に両断されるのも、マッドサイエンティストじみたアスクレピオスに叱咤されるのもどちらも嫌なので、彼の言うとおり倒れる前に休息を摂ろうと苦々しい面持ちで決めた。
「そうだね、時間があったら休むよ」
「あっ、あとこれ、どうぞ」
おもむろに差し出したのは小さな袋に入った菓子だった。美味しそうではあるが形は崩れている。少なくともスタッフや料理を得意とする英霊達ではないことは理解する。それを受け取って、私は彼に尋ねてみた。
「君のお手製?」
「はい! 日々支えてもらっているのでそのお返しです。エミヤみたいに綺麗にできなくてすみません」
「いやいや、充分綺麗だよ。ありがとう、後で部屋に戻って堪能させてもらうね」
贈り物をされるのはこれが初めてではないが、先輩として接した後輩からの贈り物は初めてのことで、敬愛の念を抱かれる後輩の贈り物は殊更嬉しかった。後輩に好かれるって存外悪い物じゃないな。しかも初めての後輩がこんないい子だとは。先輩としても鼻が高い。破顔するのは、先輩らしからぬことだとしても到底抑え切れない。藤丸少年も安堵にほっと胸を撫で下ろした。
「先輩いつもお疲れ様です。これからもよろしくお願いします」
そう言ってはにかんだ彼を見て、更に嬉しくなる。明日も頑張れ私。
