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王の朋友は変わった人



王の朋友は少し変わっている方です。


「ねえギル、いつになったら私を殺してくれるの?」


「無駄口を叩きに来たのであれば疾く失せよ。我は忙しい」


王が家臣と他愛もない会話をすること、特に女性とするのは稀有なこと。愛称で呼ぶその女性と王の会話や様子を窺うに、男女の仲でないことはすぐに解りました。王も王とて口上は厳しいものの、声音は我ら家臣達と話す時よりも少しだけ柔くなっています。気づいておられるのかは承知しかねますが。とかく、雲のように気紛れにやってくるその朋友は、王を見つけるや否や先のように「殺してほしい」と言うのです。自分も最初こそ驚き、耳を疑いましたが、どうやら王にとっては日常茶判事のことらしく、至って平静と「くどい、去れ」とあしらうのです。それも今では家臣達の間でも朋友を出せば「ああ、あの死にたがりか」と通じるくらいに有名人となっています。


「いつにも増して仕事量多くない? 過労死しちゃいそー」


「たわけ、この我が死ぬなど有り得んわ。貴様ら凡夫と一緒くたにするでない」


「あっ、これなんだろ」


「話を聞け雑種! そしてそれに触るな! 遊ぶな!」


あの王にああも砕けた風体で接することができるのはおそらく彼女だけだろう。そしてそれを王が許すのも朋友という立場があるから。少なくとも我ら家臣達が真似をしたら、次の瞬間には冥府の底に居ることは約束されています。古参の臣下でさえギルガメッシュ王に対する過度な緊張は全く緩んでいないというのに、あの女性にはそれがまるでない。朋友であるのだから当然ではあるが、至極対等に接する。この神殿には長年勤めているが、それでも彼女の王に対する風体には毎回肝を冷やされるのと同時に、脱帽させられます。


「最近やたらめったら顔を出すと思えば、貴様、よもや暇なのか?」


「暇なわけないよ。今だって忙しいんだから」


「ほう? 何かしているのか」


「ギルに構ってあげてるじゃないか!」


「不敬! 貴様頸を撥ねられたいのか!」


「ぜひ!」


「くどい!」


金を惜しみなく使った玉座が御座す謁見の間に、王と朋友たる彼女の声が反響する。遥か下の足元で己の執務を全うする我らの間で、小さな失笑が起こった。かつては暴君と恐れられ嫌厭された王だが、今では安寧な政治を行い、民も我ら家臣達にも慕われています。旅というものは人を大きく変えるものなのかと実感したものです。っと、そろそろ時間のようですね、お知らせしなければ。


「王よ」


朋友へと向けられていた柔和な瞳から一転して威圧的な視線が降り注がれる。目線を合わせずともひしひしとそれは伝わってくる。王としての威厳や非礼の一切を許さないという高圧的な視線。緩んでいた己の双肩に知らず知らずのうちに力が入る。そして王は口を開かれた。


「申せ。赦す」


「はっ。間もなく戦略会議の時間になります。幹部達は既に集まっているとのこと」


「そうか。ではこの仕事は貴様に一任する」


「謹んでお引き受け致します」


「っと、じゃあ私はお暇しようかな。行きたい所あるし」


「次来る時はせいぜい手土産のひとつでも持って来い」


玉座から腰を上げた王はそのまま謁見の間を去っていった。残されたのは自分を含め数人の家臣達と、朋友である彼女のみ。王が出て行くと次は自分に話しかけてきた。彼女と個人的な交流があるのかと聞かれれば否であり、しかも王の朋友ともあって少しばかり緊張もするし己の人見知りも相まって、できることならあまり彼女とは関わりたくないのが本音のところ。だがそれを本人に言うわけにもいかないのでそれらを溜飲して応対した。


「君、市場には詳しい?」


「ご期待に添えず申し訳ありませんが、手前には解りかねます」


「堅苦しいなぁ、私には砕けてもらって構わないのに」


「王の御友人であらせられる貴女に、かような無礼は致しません」


「君もなかなかに頑固だね? これもギルの影響?」


「もし市場に赴かれるのであれば、市場の出の下女共をお付けしますが」


「いいよいいよ、君達忙しそうだしね。元より放浪するのは好きなんだ、気の向くままになんとかするさ」


彼女と話すのはこれが初めてにあたるのだが、なんとまあ風来な方でしょう。身の回りには居なかった傾向の人格者に瞠目してしまう。それでいて少し疑問に思う節があった。彼女は何故王に殺しを求めるのか。死にたいのであれば他の者でもいいんではないか。だがそれの理由が皆無と言っていいほど解らなかった。自分は比較的心が面に出ない方であると自負していたのだが、彼女は鋭い洞察力を有するようで、すぐに露呈してしまいました。


「聞きたいこと聞いていいよ。ギルには黙っておくから」


だけど聞いていい内容とは思えなかったので渋っていると、彼女はにこにこと微笑みながら「早くしないとギルに悪戯してそれを君のせいにしちゃうよ」と言われたので即座に口を開いた。死ぬのは勘弁して欲しいです。


「恩情に恐縮しつつお尋ねします。何故貴女は王に殺しを求めるのですか? 死にたいのでしたら我ら家臣達にお申し付けくだされば、すぐにでもこの国随一の処刑人をご用意しますのに」


「それじゃ駄目なんだよね。ギルじゃないと」


間髪入れずに答えたそれに目を見張ってしまう。王でないといけない理由とはなんだろう。その疑問が湧き上がったが、彼女の双眸を見てそれは口にできなかった。自由奔放で礼儀を重んじない方、雲のような方だと認識していた彼女の双眸は今、獲物の熟成を恍惚として喜ぶ搾取する側の目をしていた。粘着性のある熱い白湯もかくやの雰囲気を纏わせる彼女を見て、固唾を呑み込む。目の前の彼女は一体何者でしょうか。


「ああ、これも内緒ね。とはいっても彼にはどうせバレてるんだろうけど」


「は、はい」


そんな雰囲気も一瞬のことで、すぐさま普段どおりに戻ってしまう。へらっと笑ったところで自分は危うく呑み込まれるところだったと自覚する。誰だ、彼女は。早鐘を打つ心臓の落ち着きを待つが、一向に落ち着かない。彼女の認識を改めなければならないでしょう。平々凡々なんていう言葉はまるっきり似つかわしくない狩人のような一面を持つ彼女。少しでも油断すれば空かさずそこに食らいつく鷹のような目をしていた。間違いない、彼女は只人ではない。それはかの王の朋友だからではなく、彼女自身の性情によるもの。むしろ彼女だからあの王に対して気さくに接することができるのでしょう。変わり者の友人は変わり者でしか補えないというわけか。