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マスターの一番は誰だ



突然だが、私には天敵が存在する。サーヴァントである私の生前に所以するものではなく、ここ、カルデアに召喚されてからできたものだ。そして今日も今日とて我が宿敵は悠然と、しかし確かな挑発を滲ませて我が契約者の傍にたたずんでいた。


「マスター、次のレイシフトには誰を連れて行くおつもりで?」


「取り敢えずしばらくは素材集めかな。最近来た子の素材が全然足らないし」


「ではこのアルジュナを編成に組み込んでください。必ずやマスターの負担を減らしてみせましょう」


「でも相手はランサーのエネミーだし」


「ここは私の出番ね! 契約者!」


ここぞとばかりに声高に存在を主張すれば、契約者と天敵ことアルジュナの双方の視線が注がれた。大剣を背中に担ぎ、意気揚々と大股と早足で契約者に近づく。我が契約者は私を見てぱっと顔を明るくさせた。それがますます嬉しくて胸が高揚する。隣の不平不満を顕にする彼なんてしったことではない。アウトオブ眼中だ。


「来てくれるの?」


「丁度暇だったの、いつまで経っても部屋に籠っていては腕が鈍っちゃうわ。連れて行きなさいね、契約者」


「待ちなさい。マスター、敵はランサーだけでなくセイバーも居るのでしょう? でしたら私も必要かと」


「私の思い過ごしならいいのだけれど、貴方前回のレイシフトで負った怪我がまだ完治していないと聞いたわよ」


「そうなの!?」


そう言うと契約者はぐっと口を噤んだアルジュナに言い寄った。いい気味だこと。我が契約者に彷徨くのがいけないんだわ。何分契約者は生温い恩情を持っている性格ゆえ、これを理由に間違いなく彼を下がらせることだろう。良い、実に良い。問い詰められながらもこちらに恨めしい感情を差し向けるアルジュナに、全く持っていい気味だという意をたっぷり含んだ笑顔で返した。殺意が濃くなったが知らん。

そも契約者は他の者に頼らずとも私だけに頼ればいい。だというのにやれクラス相性だの、やれ怪我を負っているだの、やれ宝具が良いだのと何かと理由を作っては他の英霊達に助力を求める。フン、相性がなんだ、怪我がなんだ。私は既に死んでいる身。契約者の魔力さえ途切れなければ延々と闘い続けられるというのに。セイバーたるこの私が雑兵など容易く斬り伏せてみせるわよ。


「今回の素材集めにアルジュナは組まないからね」


「ええ、ええ。そうしなさいな契約者。負傷人は負傷人らしく自己の負傷をたぁーっぷりと癒してなさいね」


「ほう? 擦り傷程度を負傷と呼ぶのでしたら、毒に侵されたことはどう呼ぶのですか?」


「なっ」


「えっ! ちょっとどういうこと!?」


「医神の治療を受けている様子ですが、それでも完全には抜け切れていない。貴女も絶対安静を言い渡された身なのでは?」


苦し紛れの告げ口に心臓がどくんと大きく唸った。悔しいことにこれは彼の作り話ではなく事実である。私は前回のレイシフトでエネミーの毒を正面からまともに食らってしまったのだ。だが颯爽と帰還しその後アスクレピオスに処置してもらった。契約者にも、他の英霊達にもバレていないと思ったのに! やはりこの男は一度寝首を掻いた方がいいかもしれない。ぎりっと奥歯が鳴った。


「微弱な毒など毒に在らず。このとおり私の五体は健全だし、意識とて確かにあるわ。病人じゃない!」


「私とてこの程度の傷、負傷に入りませんよ」


「契約者!」


「マスター!」


顔を合わせて睨んでいた私達は、一斉に契約者の顔を見る。そして私と彼の声が廊下に合わせて響く。


「私を連れて行きなさい!」


「私を連れて行くべきです!」


「二人とも」


それまで俯いていた契約者の顔が持ち上げられた。その表情は心無しか少し険しい。顰めっ面のまま契約者は口を開いた。


「令呪を以て命ずる。二人とも絶対安静してて! 素材集めには他の人を連れて行くから」


宣言すると同時に契約者の手の甲にある赤々とした令呪の一角が光って消える。令呪を用いられてしまえばいくら英霊である私やアルジュナであっても、その命令に逆らうことはできない。いや、まず抗議したところで我が契約者は頑として聞き入れてはくれないだろう。酷いわ契約者! 下がらせるのはそこな弓兵だけでいいじゃない! 何も私まで!


「契約者!」


「マスター!」


廊下には情けない二人の英霊の言葉が反響した。