画像

恵方巻き



そういえばもうすぐで節分だな、なんて思ったのは予定表が真っ白なカレンダーを見てからだった。節分か、何しようかな。私はこれといって伝統文化を重んじるような性格はしていないが、同居している彼がそれを知れば、間違いなくやろうと躍起になるだろうと思うのは、最早火を見るより明らかな未来と言える。ならば恵方巻きのひとつでも買ってくるべきか。彼が食べ物の好き嫌いをしているところを見たことがないので、多分だけど食べられる気がする。


「ねえ燕青」


「んー? どうしたぁ、マスター」


テレビゲームに夢中になっていた彼に後ろから声を掛ければ、ゲームを中断させて首を後ろへ倒す。そんな状態では頭に血が上って痛いと思うんだけど。私は先程思っていた考えを口にする。


「恵方巻きって食べられる?」


「『えほうまき』? なんだそれ」


「簡単に言えば海苔を巻いた長いご飯だよ。それを節分の日に食べるの」


「そりゃこっちの文化か? 奇っ怪な文化もあったもんだねぇ。その『セツブンノヒ』とやらに食べる理由はあるのかい?」


「確か西の方向を見て食べるんだけど、終始無言で食べ切れたら福を巻き込めるみたいな理由だったはず」


「マスターにもはっきりとは解んねぇのか」


「私はこういうことやったことがないからね。家族皆伝統行事には無関心だったから」


「へえ」


燕青は顎に指を宛てがい考える素振りを見せる。私としてはどちらでもいい。燕青がしたいというならするまでのこと。同僚にも言われるけど、私って燕青に甘いのか燕青に流されているのか。ふむ、まあいいか。


「食べてみてぇな、そのえほうまきってヤツ」


「解った。今度買ってくるよ」


「今日じゃないのかい?」


「近々だよ。言っておくけど食べ始めたら終わるまで喋っちゃダメだからね」


「へいへい、解ってるってマスター」


へらっと笑う彼を見てたら、彼が生きていた頃にできなかったことやしたかったことを存分にさせてやりたいと思うし、できたら一緒にしたいと思う。あれだ、これは言わば親心ってやつだ。恵方巻きひとつで福を巻き込めるならば、それらは燕青にあげたい。殊勝なことだが、それくらいには彼を大切に思っているのだ。