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もう二度と



※自作設定注意。







失うことは心に穴が空くこと。呆然というのは心を失うこと。失うことは喪うこと。私があの時、あの神殿で見た彼の真実の姿と告げた真実に呆然と立ち尽くす他できなかった。共闘することも言葉を出すことさえ。涙ひとつ、あの場所で流すことはできなかった。どんな場所でも間の抜けた態度であった彼の死なんて、誰が想像できただろう。でも確かなことは私が彼に消えて欲しくないと思ったことだ。そこで私はひとつの天啓を理解した。私のこの力は我がマスターのみを守るものではなく、愛する者を護るためにあるのだと。


「起きましたか、ソロモン」


「ここはどこだい? 私は確かにあの神殿で消失したはずだが」


彼は訝しげに周囲を見渡す。私も、彼も足を付けているここはとある神殿の中。繊細な彫刻が施された太い支柱の数々が、遥かに高い位置にある天井を支えている。私と彼しか居ないここはとても広く、そして酷く虚無だ。何も無く、何も存在しない。草も花も風も。神殿を一歩でも外に出たら待ち受けるのは淵のない深淵だ。黒く淀んだ歪な外壁が出迎えるだろう。ここに光は射さない。私がそれを必要としないからだ。異質な物など混入させないのが私の結界の特徴である。


「ここは私の固有結界の内側ですよ」


「消失した私をどうやってここへ?」


「貴方が以前人間であった時にくれた魔力入りのペンダントをリソースして、消失するはずだった貴方の魂の欠片を強制的に閉じ込めました。もっとも、貴方が神殿にて消失する時にこのペンダントも半壊したので、本当にごく一部しか留めることはできませんでしたが」


「道理でなんの力も湧いてこないわけだ」


「元来私の結界は敵を閉じ込めて無力化するものですから。完全体の貴方であってもここを出るのは苦行を強いられるでしょう」


「そりゃあ君が相手だとね」


サーヴァントとして召喚された私に、攻撃手段は持ち合わせていない。できたとしてもせいぜい雑兵を何度か殴打してようやく倒せる程度だ。そんな使い魔として最弱な私にも誰よりも秀でた宝具がある。それがこの「ただ盲目的な運命に翻弄されるのみゲート・オブ・コズミック・ホラー」である。魔神柱クラスであっても、それ以上の強敵であっても、この結界内ではあまねく無力化、あらゆる攻撃も無効化されるというもの。

ゆえに私には通常攻撃手段は存在せず、私の唯一の強みはこの宝具だ。ここだけは、ここだけでは、私が彼よりも上だ。いつの日かくれたペンダントをぎゅっと握り締める。曇り一点のないガラスが輝くこのペンダントには痛々しいヒビがいくつも入ってしまっている。直そうにも直せない。修復してしまえば僅かばかりに残っていた彼の魔力が一切合切無くなってしまうからだ。


「たとえ貴方に蔑まれても、疎まれてもこの結界からは出してあげません」


「だけど私は消失しなければならない存在だ。それにその魔力量では、いずれにしても別れは必然的になってしまう」


「ええ、解っています。ゆえに貴方の魔力に僅かばかり私の魔力を注ぎました」


断然と言い切れば、動じない私に変わって彼が大いに絶句した。息を呑むように言葉を呑み込み、そんな馬鹿なと目で訴える。ええ、馬鹿でしょうとも。何せ人間でもない貴方に私自身を混合させたのですから。呆然に囚われている彼を安心させようと口を開いた。


「私の魔力を混合させたところで貴方の意識にも生命活動にもなんら支障は来しません。私がここに永劫的に存在すると同じように、貴方も永劫ここに存在するだけですから」


「全身を巡る重くて苦々しい魔力の根源は君というわけか。そんな無茶、よくしたね。そもそも君はあの子のサーヴァントだろう? 勝手なことをすると他のサーヴァント達が黙っていないと思うけど」


「私を誰だと認識しておいでで? 私は『愛護』のアルターエゴ。愛し、護るのが私の存在。マスターであったあの子から貴方に変えただけです」


口元から、薄く乾き切った笑みが零れた。今頃マスターは血眼になって私を捜索していることだろう。ソロモンが消失したタイミングで私も失踪という形で消えたのだから。心優しきあの人間は最後まで探し続けるかもしれない、周囲の助言を振り切ってまで。長途を共にした友人の死があの人間を駆り立てているのだろう。

可哀想なことだ、私は自らの意思でカルデアから失踪し、己の結界に閉じこもっているのに。不服そうな顔をしてもここから出してあげませんよ、ソロモン。消失するのが貴方の運命ならば、私はそれから護ってみせましょう。貴方だけの私で、私だけの貴方。未来永劫その魂を、このペンダントを軛とし引き留めます。もう二度と消えさせません。