画像

子供のように無邪気に



エミヤさんに教えを乞いながらお菓子を作った私は、とある人にそれを届けるべく中央管制室を目指して歩いていた。自分より歳上ばかりのカルデアスタッフ達とすれ違いながら中央管制室の扉の前に到着する。


「失礼しまーす」


壁に埋め込まれている人体認証システムの入室許可が、機械音で伝えられると共に、扉が空気の抜けたような音を立てて横にスライドした。カルデアスが中央で大きく光っているのが最初に目に飛び込んでくる。中央管制室は相変わらず大人数で忙しそうに動き回っているようだ。それでも通常時よりも人数が少ないのは、昼食を摂りに出払っているからだろう。首を振ってドクターを探す私の元に、ひとりの美女が話しかけてきた。


「どうしたんだい?」


「ドクターを探してるんだけど、どこに居るか知らないかな? ダ・ヴィンチちゃん」


「ああ。ロマニならあそこのモニターに齧り付いているよ。驚かしてみるかい?」


「集中してるなら背後から声掛けただけで驚きそうだけどね。うん、驚かしに行ってくるよ」


「人類最後のマスターはそうでなくっちゃね! ささ、行っておいで」


「はぁーい」


かくして私は抜き足差し足忍び足でスタッフらの間を縫うように歩き、そしていよいよドクターの背後までやってきた。ダ・ヴィンチちゃんの面白そうな眼差しと、スタッフらの生暖かい眼差しを背中に受けながら私はかかとを浮かせてドクターの双肩を叩いた。


「やっほ!」


「わあっ!?」


見事成功して、ドクターは情けない声を上げながら尻もちをついた。仕事に打ち込んでいたスタッフらと悪戯の発案者であるダ・ヴィンチちゃんの間にどっと笑いが起こる。何度目の正直でドクターはこの悪戯に慣れるんだろうか。軽く五回以上似た悪戯してるわけだが、ご覧のように毎回いい反応を見せてくれる。さすがドクターですね、お笑い芸人いけますよ。


「いや行かないから」


悔しさを滲ませながら臀を労わって立ち上がる。なんかその仕草、お爺さんみたいですよ。そう思っても口にしないのが私だ。彼のことだから「そんな老けてないぞぅ!」とか言って頬を膨らませて拗ねかねない。それはそれで美味しいんだけど、拗ねた彼はやや面倒なのでやはり黙っておこう。


「何か失礼なこと考えてる?」


「考えてませんよ。ドクターこそ休息のこと考えてます?」


「かっ、考えているとも! だけど僕はご覧の通りピンピンしてるわけだから、まだいいかなって」


「そんなこと言う子にはご褒美はあげませーん」


「僕は子供かな?って、え、ご褒美?」


目を瞬かせながら話に食いついてきたドクター。私は自信満々に鼻を鳴らし、手に持っていた物を掲げてみせる。


「この『特製、世界に一つだけのこしあん饅頭』はダ・ヴィンチちゃんとマシュにあげちゃいます」


「こしあん饅頭!?」


「目ってそんなに輝くもんなんですね。びっくりしました」


好物を前にした子供のように嬉しがるドクターに、私もダ・ヴィンチちゃんもスタッフらも呆れるように肩を竦める。いい歳した大人が饅頭ひとつに双眸を星のように輝かせ、子供のように無邪気に喜ぶなんて、しかもそれが己の上司とはとスタッフらは考えているのだろう。まあ実際子供っぽいところが数多あるドクターは、とても威厳ある上司には見えないだろう。それを言うなら所長の方がまだ相応しい。上司ではあるが。私としては最初にできた友人だから、喜んでくれるのは底なしに嬉しいので一向に構わない。


「ダ・ヴィンチちゃん、コレ食べる?」


「おっ、やった。じゃあ早速マシュを呼んで」


「ちょっ、ちょっと待って! そ、それは狡いぞぅ!」


ぐぬぬと遣り込めた気持ちを押し込むドクターは、意味の解らない唸り声を零した。そんなに食べたいなら休めばいいだけなのに。それに今は丁度昼時、休んでも誰の迷惑にもならないし咎める者も居ない。居たらその時は私に任せてくださいドクター。手に持っている大きめな袋を彼に差し出した。


「冗談ですよ。自室にてこれを食べると共に休憩を取ってください」


「いいのかい!?」


「後で感想聞かせてくださいね」


「もちろんだとも! じゃあ少し休んでくるよ」


言うや否や袋を受け取って彼は中央管制室を足早に出た。それを見送った私に、ダ・ヴィンチちゃんが近寄ってくる。眉を下げて笑みながら肩に手を置く。


「すまないね、ロマニを休ませるためにいつもお菓子を作ってきてもらって」


「これくらいお易い御用だよ。ダ・ヴィンチちゃんやドクターにはいつもお世話になってるからね」


「君って子は! なんていい子なんだい!? ダ・ヴィンチちゃん、とても嬉しいよ!」


目頭を抑えながら泣き真似をするダ・ヴィンチちゃん。軽く笑いが零れた。


「それもあるけど」


脳裏に先程のドクターの顔がありありと浮かんできた。何か入っていることを寸分も疑わず、むしろ作ってくる度無邪気に喜ぶ彼。まるで餌を与える親鳥とそれを求める雛鳥のよう。私より一回り二回りも上だろうに、そのあどけなさは減るどころか日に日に増してゆくばかり。目を輝かせ嬉しがる彼も、怪我を負って帰ってくる度にする焦った顔も、悪戯をする度頬を膨らませて怒る顔も、全てが愛苦しい。信頼しきった彼をこれ以上どう堕とすか、最近ではそればかり考えてしまう始末。大人しく私に浸水されればいいが、多分そう簡単にはいかないだろう。だけどそんな一面すらも私は、


「可愛いんだよねぇ」


感慨深い吐息が零れてしまう。それを聞いていたダ・ヴィンチちゃんは、「おっと」汗を一筋頬に垂らしながら固い表情をしてそう呟いた。ドクターを堕とすのは慎重に、無邪気に。悟られて逃げられては全てが水泡に帰してしまう。改めて自身を戒めたら、自身を取り巻く緊張した空気を打ち払うように手を叩いた。空気は見事霧散する。


「ダ・ヴィンチちゃんの分も作ってきたから一緒に食べよ!」


「いいねぇ、戴くとするよ」


ドクターのことは置いといて、純粋にダ・ヴィンチちゃんとの茶話会を楽しんだ私であった。