かつて誰かが言った。「あの人には生暖かい血でなく氷水が通っている」と。そして指を指した。「あの人の元に就けば行き着く先は地獄だ」と。そして皆口を揃えてこう称えた。「紛れもなくあの人は冷血の騎士」だと。言い得て妙だと得心してしまったのは、かつての私も同じ印象を抱いたからである。私だけでなく我がマスターは自身の配下達に同じ印象を抱かせるほど冷たい態度を振舞っていた。
戦場において多少の犠牲は付き物、故にマスターは必要と断ずれば長年の配下であれども迷わず切り捨てた。捕虜の命乞いにも耳を傾けず、情報を搾取した後斬首。自身より上の立場である者に対しても峻厳とした振る舞いは健在だった。「まさに高潔で剛健な騎士」と称えられれもすれば、一方「傲慢な無頼」と貶される評価を得ている。それでも我がマスターは、野次の評価に揺らぐことなく自身の意志を貫き通す方であった。
「ガウェイン」
凛然とした声が部屋に反響する。私は彼女の前に膝を突く。
「お呼びですか、マスター」
「あの裏切り者はどうした」
「今頃は大河の面に浮遊していることでしょう」
「そうか」
彼女は端的に返事をすると手元の書類へと視線を移した。冬のように冷たく厳しい我がマスター、貴女のことを理解できずに離反する者は数多と居ることでしょう。「冷血の騎士」などと謳われているのです、貴女の真髄までを理解しようとする者も居ない。ですが私は知っているのです。何故首を撥ねさせた者の罪科を「裏切り」などにしたのか、それはその者の親族を想ってのことだと。この国において神とも敬うべき国王への叛逆は命を以てしても許されぬ疑獄。そしてその影響は本人だけに留まらず、その親族までをも巻き込み、末代まで周囲から見放されてしまうのだ。故にマスターはひとつ罪の位を下げてあくまで「上司たる自分への叛逆」として処罰した。裏切り者の上司が「冷血の騎士」とも相まって殊更周囲から蔑視の対象とならずに済む。
我がマスターは冬のように冷たく厳しい方であるが、それは見据えた春への辛抱でもある。自分ひとりに負える災禍なら迷わず背負ってしまうような方。ふと、首を刎ねる直前の裏切り者の叫びが脳裏に過ぎった。「我が主である『冷血の騎士』は苦楽を共にした仲間でさえ容赦なく斬り捨てる! あの人は我ら配下の見聞になど耳は傾けない! 武力で領地を拡大させることしか脳にない暗君と、人間から生まれた悪魔のような騎士。世も末だな! あの王も、あの人も、全ては自分のことしか考えていない!」怒りに満ちた顔で叫んだ後、私の剣によって首を刎ねられた。
「貴女はそれで良いのですか?」
静かに問うてみた。無礼をお許しください、マスター。彼女は伏せていた顔を上げて、私を一身に見つめる。どういう意味だと怪訝ぶる彼女だが、やがて口を開いた。
「私は大罪人だ。時が来れば騎士は皆戦犯となり平等に裁かれるだろうよ」
そこには恐怖も自嘲も、諦めもなかった。ただ厳然として揺るがない未来を受け入れたように見据えた双眸が私を映した。貴女は疎まれることも意に介さないということですか。自身の生前の忸怩が貴女の翳りとはならないか、一瞬だけ思った。だがそれはすぐになくなる。なんのための私だ。マスターに誓いを立てたあの日、私は宣言したはずだ。この剣は貴女のために振るいましょうと。であればこの太陽の騎士が我がマスターの難敵も、翳りもその一切を切り伏せてみせよう。その見据える一筋の道を歩ませることこそ騎士の誇り。
「我がマスターよ」
貴女の命尽きるその時まで、私は離れず剣を振るうことを今一度固く誓いましょう。
