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愛で色づく乙女



特別何かがあったとかそういうわけではない。言ったのは僕の気紛れのようなものだ。


「愛している」


手に持っているカルテを見ながら、医務室のベッドで寝転がっているマスターにそう言った。何度もここは溜まり場ではないと注意しているが、彼女がそれを聞き入れた試しがついぞないので今となっては諦めている。それに彼女は、怪我人がここで休養している際は決して来ないという変に健気な部分もあるので、五体満足であるにも関わらずここに滞在していることはさして気にしていない。


「え、誰が誰を?」


それまで唸り声を上げながらごろごろとベッドの上で転がっていたマスターは、石像のようにぴたりと止まった。物珍しげに目を瞬かせる彼女。僕が愛していると言うことがそれほど変わっているとでも言いたいのか。そう思っていると自ずと眉間に皺が寄って、それを見かねた彼女は慌てて補足した。


「だってあまりにも出し抜けだったから驚いちゃって」


「耳が機能していないのか、それとも思考回路が麻痺したのかと思ったぞ」


「そんな、私が馬鹿みたいな言い方」


「肯定しているつもりだ」


「余計酷い!」


先程の情緒は何処吹く風、すっかり本調子に戻ったマスター。喧騒この上なくぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。相変わらずうるさい奴だ。なんだって僕は彼女に惚れたんだ? 見れば見るほど、考えれば考えるほどますます首を傾げてしまう。いちカルデアスタッフのカルテに目を戻したところで、背後の喧騒がいっそう増した。ベッドから驚いた猫のように飛び起きた彼女は素足のままパタパタと駆け寄って前に回り込んできた。


「もう一回! もう一回ちゃんと言って!」


「断る」


何故二度手間まど僕がしなければならないんだ。それに一回できちんと聞いておけ、仮にも僕は恋人だぞ。そう言いたくないこともないが、彼女の燦々とした瞳を前にしては理解を得ようなどということは諦めた方がいいかもしれない。こうなったマスターはもはや何言っても、それこそ梃子を使っても動きやしないだろう。


「愛しているぞ、マスター」


肩を竦めながらも彼女の双眸を捉えてしっかりと口にした。三度目はないぞと続けて言おうとしたが、その言葉はぐっと呑み込んだ。頬を紅潮させ嬉しさをありありと滲ませた彼女の表情に、一瞬喉が詰まる思いをした。じっと見つめる僕を見上げて欣然としてはにかむマスター。


「私も愛してる!」


あまりにも純粋で、あまりにも嬉しそうに笑うものだから、釣られてこちらまで失笑してしまった。もしかしたら僕はこの笑顔に惚れてしまったのかもしれない。