不意に気になったことがある。だから燕青に聞いてみた。
「燕青って私のどこが好きなの?」
ゆくりなく尋ねた時の燕青の顔と言ったら、あの顔は一生忘れられないと思う。鳩どころかハムスターが、弾かれたような驚いた顔をして、言葉を理解した途端に顔に物凄い勢いで熱が集中した。それこそトマトと言っても過言ではないような表情をしていた。そんな拙いこと聞いたっけ?
「き、急になんだよマスター」
「他意はないよ。ただ聞いてみただけ。燕青って私のどこが好きで一緒に居てくれてるのかなって」
「好きなところか」
恥ずかしさも収まりを見せ始め、彼は思案を巡らせた。うんうんと唸る彼を傍らに、私はそんな彼をじっと見つめる。いつも思ってたけど、燕青って女性よりも女性みたいな綺麗な長い髪してるよね。盛り上がった筋肉の上を彩る大輪の鮮やかな深緋の薔薇と、雄々しい一頭の竜の刺青だって、他の人がしてても「へえ」程度で済ますけど、燕青がしてるから初めて「綺麗」って思えるし。あと筋肉質な体の割に腰が細い。ちゃんと食べてるのか? 今度栄養が付く料理作ってみるかな。彼の美体を見ながらそんなことを脳内で繰り広げていたら、私の熱烈な視線を感じたらしい燕青が気恥しそうに「マスター」と呼んだ。
「ん?」
「俺をそんなじっと見つめてどうしたんだよ」
「燕青の体って綺麗だなぁって思ってた」
「はっ!? いやいや、無頼漢の体なんて見てて楽しいモンじゃねぇだろ」
「そう? 私は綺麗だと思うよ」
「俺もなかなかに変人だと思ってるが、マスターも負けず劣らずの変人だよなぁ。じゃあマスターは俺のどんなところが好きなんだ?」
「燕青の好きなところか」
私の質問に答えていない気もするが、まあいいか。好きなところって聞かれたその場ではすぐに思い付かないような気がする。そうだな、時間がかかってしまうけど、それでもいい? ありがとう。まず燕青の鶸萌黄色の瞳が好きだね。透明色のヴェールよりも軽くて触り心地の良い長い髪も好き。動く度ゆらゆら揺れてて凄く綺麗だ。さっきも言ったけど刺青も好きだよ。深緑色の髪からちらっと覗く背中に掘られた「義」って文字を見る度なんだろう、燕青らしさを感じるよね。
ほら、燕青って軽口叩く時もあるけどなんだかんだ義理堅いし。ここまでは外見の好きだったけど、それ以上に燕青の中身が好きだよ。私が無茶しようものなら両足を折るだなんて言って止めに入るし、でも頑張ろうとする時は本音で応援してくれるし、燕青に「頑張れ」って言われるとやる気が俄然湧いてくるよ、いつもありがとう。あと甘やかしてくれるところも好き。一人暮らしだったから甘やかす人なんて居ないし、自分で自分を甘やかす仕方なんて解らなかったから、燕青が居なかった時以上に適度に肩の力を抜くことができてるよ。
あとさ、これは好きとは関係ないかもしれないけど、個人的に燕青の私への忠誠心って凄いって思ってるんだよね。私は燕青みたいに忠義を誓うなんて無理だしそんな気も起きないけど、燕青は違うでしょ? だからね私を第一に優先するその真意が凄いって思うよ。ああもちろん私だって燕青のことは大切だし、飛んで火に入る夏の虫みたいなことをするつもりなら燕青と同じように止めるけどさ、それでも燕青には適わないね。それとこれはなかなかに失礼かもしれないけど、燕青が戦ってる姿も好きかな。
傷つく姿は好きじゃないけど、それを抜きにして戦ってる時の燕青って、流れる川の如く軽やかに敵を叩き伏せるから、揺れる長い髪もちらつく刺青も相まって、例えるならその竜だね。そう、その刺青されている竜だよ。一頭の竜が楽しそうに曲に合わせて踊っているように見えるんだ。だから燕青って照れる時や楽しそうに笑う時は子供みたいに可愛いけど、戦う時や普段は綺麗って思ってるよ。あとは。
「ちょっとタンマ! 止めてくれマスター!」
言えることはまだあるから続けようとしたら、何故か急に止められてしまった。
「まだあるんだけど」
「いやいやいや、もういいって! 十分だから!」
「聞きたいって言ったの燕青でしょ」
「だからって小説みたいに長々と聞かされるとは思ってなかったんだって! 言ってるマスターには羞恥心はねぇのか!?」
「だってほんとうのことだし」
「マジ勘弁してくれ」
萎む風船のようにへなへなと床にしゃがみこんだ燕青。嫌がっているようには見えないが、聞きたいから聞いたのに途中で遮るとはどうしたのだろう。私が知る燕青は解らない方が嫌がる素性と認識しているので、殊更解らない。首を傾げながらも燕青をじっと見下ろす。彼は無防備にも私に項を見せて床を見つめていた。まあ私に警戒しても彼を倒すほどの技量も度胸もないので無防備になるのは無理からぬことだが、そこまで考えて瞠目した。晒されている項や髪が掛けられた耳輪がほんのり赤く色づいていることに。そこで理解する。ああ、そういうことか。
「照れてるんだ? 燕青」
「言うなって、マスター!」
どうやら的を得ていたらしい。なにやらぶつくさと小言を呟いているようだが、そんなところもまた可愛いし好きだ。うん、今日も私のサーヴァントは可愛い。