カルデアには名高い英霊達が数多と召喚されている。子供でも知ってる英霊から知る人ぞ知る英霊まで。そんな彼らは同じ姿を模していても生まれ育った環境も時代も違い、価値観だって当然ながら違う。噛み合うものもあれば顔合わせするだけで臨戦態勢にはいってしまう者だって居る。そんな中でサーヴァントと呼ばれる彼らを統率するマスターとして、時折そのことが苦しかったりするのだ。
「明日はランサークラスの編成にするか。でもなぁ、サポートとして一応キャスターも連れていくべきか? でも最近連れて行っちゃったしなぁ、果たして来るだろうか」
ううむと両腕を組んで首を傾げる。悩むのは明日のレイシフトでのチーム編成だ。ランサーはいいとして、いかんせんキャスターは大半働くことを嫌がる。夢魔にしろ軍師にしろ、積極性がない者を強制的にチームに組み込むというのは、統率する者として情けないが、気が引けるのだ。それでも来てくれないと困るから連れて行くが。
「疲れた〜」
椅子に座ったまま背筋を伸ばす。そのまま首を後ろに倒して天井をぼーっと見つめてみる。はっきりと見えていた黒い格子線が次第に霞んでくる。私ってこのままでもいいのかな。ふとそんなことを考えてみる。私には大した力はない。シュミレーターで日々体を鍛えてもみなのような戦力にはなれない。ガンドや回復ができても戦場では戦うことはできないのだ。指揮だって戦略に長けた英霊から見たらまだまだ素人に毛が生えた程度のようなもの。それなのにみなは私に力を貸してくれている。歯に衣を着せた言い方をしない人も何も言わないということはそれなりにマスターとしてやっていると思うが、果たしてほんとうにそれに甘んじていいものか。私は、成長しているのだろうか。誰に言われたわけでなく、最近そう考えるようになった。
「やっほマスター。何悩んでんだ?」
「うわっ!」
それまでしんと静かだった部屋に、突如第三者の声が割り込んできて、物思いに耽っていた私は驚きの声を上げて椅子から脱兎の如く飛び起きた。背後にはアンリマユが立っていて、驚き後退した私を目を丸くして見つめている。真っ白な部屋に彼は異質として目立つ。
「驚かさないでよ」
「悪い悪い。にしてもほんと兎みてえだったな今の」
「誰にも言わないでね? 約束だよ」
「どうしようかなぁ〜」
「アンリマユ!」
「へいへい、わぁーったよマスター。言わないって」
にしても入ってくる音すら気づかないとは、とんだ不覚を取ったものだ。ここがカルデアだからよいものの、レイシフト先であったら命の保証はなかったかもしれない。ダメだダメだ。気を引き締めなければ。先程の失態を頭から払拭するようにして追い払うと、彼に何か用かと尋ねた。
「なんか用?」
「暇だったから来ただけ」
あっけらかんと言われて返答に詰まった。もしや私の部屋を遊び場か何かと勘違いしているのだろうか、彼は。だが彼にも解るとおりここにはめぼしい物も気を引くような遊具もない。四方を白で囲まれた自室には予めの備品しかないのだ。退屈を凌ぎたいというならぜひ他の部屋を当たって欲しい。
「何してたんだよ」
「明日のチーム編成だよ」
「精が出るねぇ、お疲れさん。あ、因みにその編成にオレは入ってるのかい?」
「入ってないよ」
「そりゃ良かった! 英霊とは言っても最弱だからね。期待されても酷使されても功は奏さないのさ」
自虐とも見受けられる彼の言葉は何度聞いたことだろう。その都度私は何を返していたのだろう。いや、何も返せていない。彼がへらりと笑うのを見て言葉を失ってしまうからだ。「そんなことないよ」なんて言っても事実が容赦なく否定する。だからといって他に労いの言葉をかけようものなら彼はそれを見抜いてしまう。つまるところ下手な同情も功を奏さない。俯く私を不思議がって彼は顔を覗き込む。視界に彼の瞳が入ってきて我に戻った。
「この前レイシフトしたじゃん?」
「あー、そういやそうだったな」
「あの時の采配、私ちゃんとできてた?」
その時の言葉になんの感情が入っていたかは解らない。だけど彼はそれをどう受け取ったのか、いつもならどんなことも卑屈な軽口叩くのに、今は神妙な面持ちで黙り込んでしまった。何かを探るような視線を送られてなんとなくバツが悪く感じた。翳った瞳を逃げるように逸らせば、彼は固く閉ざした口を開く。
「死者ゼロ、そしてオレみたいな二束三文なサーヴァントでさえ生還したんだ、どっから見ても重畳と言えるね」
彼はそう言うけれど、油断ならない場面ではあった。死者こそ居ないが負傷者は出てしまった。戦場に傷は付き物だが、あれでは私の采配ミスも理由と言えよう。もし私があそこで誤っていなければ負傷者の数は減らせたかもしれない。もし私が戦力になり得ていれば傷を負う者を無くせていたかもしれない。そんな「もし」が未練たらしく胸中を占めるのだ。ほんとうに私は情けない。過去ばかり見つめていても仕方がないというのに。
「慰め役にはとことん向かないタチなんだけどなぁオレ。マスターを泣かせたとあっちゃガチ勢から絶対狙われるじゃねえか」
「ごめん」
「いいけどさ。だいたいマスターはまだまだ子供じゃんか、失敗だってするだろうさ」
「うん」
「次そうならないように頑張ればいいんじゃねえの? ほら、お前ら人間って『努力する』生き物だろ?」
「うん」
慰めることに向かないと言いながらも「オレの命のためにも笑ってくれよマスター!」と元気づけに肩を叩いた手は、確かに温かな人の熱を持っていた。頬が自然と綻ぶ。
「頑張るよ」
小さく拳を握った私に、アンリマユは笑みをこぼした。