人生において刺激は確かに重要だと思う。平坦な人生は酷くつまらないだろうから。だけどそれは平穏な私生活が絶対としてあるからこそ言えるものであって、最底辺に築き上げた平穏な私生活までもが崩壊の危機に晒されているならば、私はそんな刺激はことごとく潰したいと思っている。
「ご機嫌麗しゅう、レディ」
「おはようございます、ガウェインさん」
廊下の曲がり角から頭を出したのは円卓の騎士の一人、ガウェインさんだった。金粉をかけられたような蓬髪は名に負けじと燦々たる眩さを放つ。筋肉が隆起する大柄な体躯を覆うのは、ひとつひとつがとても重そうな鎧である。左腰に携えている大剣はいつ見ても大きいなと圧巻してしまう。騎士の名のもと質実剛健な彼は、衣を着せずに言ってしまえばとても苦手としている部類に入る。一歩後ろに下がって軽く会釈をした。
「重そうですね。良ければ運ぶのを手伝いますよ」
「いえ結構です、大丈夫です。私に任された仕事ですから」
「重労働しているレディをみすみす容認するなど騎士の名折れ。どうか私の名誉のために手伝わせていただけませんか?」
しゅんと項垂れる様は太陽の騎士というより窘められたゴールデンレトリバーそのものである。こういうところが好きでないというのに。毎日毎日会うや否や、仕事の手伝いをするわティータイムに誘うわで、その都度断っても彼は引く様子を全く見せない。少しはめげてくれ太陽の騎士よ。無視して通り過ぎることは容易ではあるがそれはいくらなんでも失礼にあたるのでしたことはない。だからといってここで彼の助力を拒み続けるのも時間の無駄といえる。なんで毎回私が折れなきゃいけないんだ。
「お願いします」
「ありがとうございます」
渋々といった感じで了承すれば、彼は視界の半分を隠していた数個の箱を引き取る。残ったのは小さな箱が二つ。重いのは彼が持ってくれたため、腕はだいぶ軽くなったし視界も良好だ。残してくれたのはあくまで私の仕事ということを配慮したからなのだろう。そこまで気遣いが回るのに何故私の願いは聞き入れてくれないのだ。かの有名な円卓の騎士に荷物持ちをさせるのも周囲の目のせいではばかられるというのに。
隣に彼を引き連れて私は備品室に向かった。数々の女性職員の絶句した顔や信じられないといった視線を背中に受けながらも目当ての部屋に到着する。切にもう二度とあんな注目の仕方はしたくない。スイッチを押して室内の電気を付ける。あまり立ち寄らない部屋ではあるが、埃を被っているダンボールなんてひとつもなかった。きっと誰かが定期的に掃除してくれているのだろう。
「あっ、それはその棚の上に置いてください」
「解りました。これはどこに?」
「それはここに。ありがとうございます」
「礼には及びません」
にしても凄い数のダンボールだ。その大半がサーヴァントである彼らのための素材が占める。だけどこの数だけあの子供は戦地に赴いているということ、改めて脱帽させられる。うん、私もこうしてはいられない、あの子のために頑張ろう。手に持つ箱を棚に押し込めるとくるっと振り返った。すると何故かガウェインさんは私を見てにこやかに微笑んでいた。え、何怖い。
「この後お茶をご一緒していただけませんか?」
「えっ、でも」
仕事がある、と言い終わらないうちに彼はじりじりと詰め寄ってきた。怖々と後ろへ下がっていくと何の因果か壁に当たってしまう。後ろには壁、前には満面の笑みを浮かべたガウェイン、そして逃がすまいと顔の横に手を突かれてしまった。状況が呑み込めないと戸惑う私を見下ろしながら彼は言う。
「もしバレてしまったら全て私に任せればいい」
言葉は甘く声すらも甘く、私を見つめる澄んだ空のような双眸にはなるほど太陽の騎士と言われるだけの焼かれるような熱が篭っていた。瞳の奥で揺らめく炎に知らず知らずのうち言葉を呑み込んでいた。うんともすんとも言わない私をチャンスと思ったのか、強ばっていた私の片手を壁に突いていない方の手で恭しい手付きで引き寄せ、手の平にやんわりと口付ける。びくりと肩が跳ねると同時に思考回路がまるでゴム輪が切れたかのように弾けて飛んだ。伏せられた長い睫毛が上げられる。
「来ていただけますね? レディ」
ほんとに、全くもってこんな刺激は欲しくない。
